電通本社ビルのいま

築地電通旧本社ビル 設計:丹下健三 1967(昭和42)年
築地電通旧本社ビル 設計:丹下健三 1967(昭和42)年

1964年の東京オリンピックが終わり、1970年の大阪万博へと向かう、日本の近代建築の最盛期、丹下健三はその最先端で輝いていた。丹下の作品に世界の注目が集まっていた。

このころ丹下は1960年に発表した東京計画1960にまだこだわっていた。

1960年、丹下健三は急成長する東京の都市問題を解決するためには東京湾に架橋する海上都市を作るしかないと、「東京計画1960」を発表する。

この計画は急膨張する東京は内陸部への拡大は限界であり、直線的に東京湾に道路網を突き出して、海上に高層住宅とオフィス群を作るという壮大な計画であった。その計画はNHKの1時間の特別番組で放映され、大きな反響を呼んでいた。

この当時の丹下健三は建築家であると同時に都市計画の専門家でもあった。

丹下健三は東京大学の建築学科ではなく都市工学科の教授だったのだ。

ちょうどそこへ日の出の勢いで成長していた広告代理店「電通」から本社ビル建設の打診があった。

丹下はそれを東京計画を実行に移す絶好の機会と考えた。

そこで、丹下は築地を中心とする壮大な都市計画に着手した。

築地・電通第1次計画、『新建築』1967年4月号より
築地・電通第1次計画、『新建築』1967年4月号より

それは、築地に建設する電通の本社ビルを中心とする、壮大な都市計画であった。電通の当時の急成長を牽引していた吉田秀雄が丹下の案に共鳴して進められた。

しかし、電通の急成長を牽引した吉田社長の突然の死によって、計画は頓挫し、より現実的な単体の建築計画へと変更を余儀なくされた。

この建築が左右を切断されたようなデザインになっているのは、この時の丹下健三の無念の気持ちが表れているに違いない。

本来は、壮大な築地計画の一部にすぎないのだぞ、という気持ちが実に率直に表れている。

外見が柱と梁の垂直・水平線だけで出来ているのは、たて、よこと無限に広がる可能性を示す無表情なシステムを表現しているからである。

本来企業の顔を表現すべき玄関廻りでさえ、巨大なシステムの一部にすぎない。

ぷっつりと断ち切った表現、丹下健三の無念さが表れている。

それにしても、すごい表現だ。

梁の端部が飛び出しているのは、いかにも、まだ延びるぞ、伸ばしてやるぞ、という主張が凝縮している。

天井もシステムそのもの。

玄関前の車寄せだが、一見ただのピロティだ。

柱・梁の接合部。梁の付け根が少し膨らんでいる。もちろん、構造的に丈夫にするための形だ。普通はこれを仕方なくつけるのだが、ここでは、全体に積極的なデザイン要素として処理している。

この形のためにこのビルが独特の表情をもっている。

玄関だが、なんとも無表情な玄関だ。システムを徹底するとこうなってしまう。

建築をシステムにこだわってデザインを抑制した代わりに、廻りの外構では曲線などを使って積極的にデザインをしている。

床もわざと手作り的なピンコロ石で、建物の無表情を補っている。

受付のカウンター。

端部の詳細。

両端はまったく同じデザイン。

ビルの谷間から見える表情。やはり、他のビルとはひと味違う存在感がある。

 

都市と戦った丹下健三がなんとしても実現したかった無限に成長する建築、都市を構成する要素としての建築、しかし、それは実現しなかった。これは都市と格闘した丹下の敗北の記念碑である。

彫刻にトルソーという分野がある。頭部、腕、足のない、胴体だけの彫刻である。この建築はトルソーの建築というのが一番相応しいかもしれない。つまり、この建築には、顔も手足もない。胴体だけというわけだ。

そんな建築は実は今日の都市にはどこにでもある。なにも珍しいことはない。まさに典型的な近代建築だ。これこそミース・ファン・デル・ローエが構想した典型的なアフィスビルなのだ。ここには、旧都庁舎、香川県庁舎で追求した「伝統」はまったく面影もない。丹下は生粋のモダニストの豹変していた。

 

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コメント: 1
  • #1

    山田勝己 (火曜日, 20 11月 2018 21:51)

    都市建築家としての認識が薄く、カテドラル教会、代々木の体育館2見られるような建築の巨大造形美美に魅せられていました。「東京計画1960」と電通本社ビルの詳細関係初めて知りました。

案内する人

 

宮武先生

(江武大学建築学科の教授、建築史専攻)

 「私が近代建築の筋道を解説します。」

 

東郷さん

(建築家、宮武先生と同級生。)

「私が建築家たちの本音を教えましょう。」

 

恵美ちゃん

(江武大学の文学部の学生。)

「私が日頃抱いている疑問を建築の専門家にぶつけて近代建築の真相に迫ります。」

 

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