完成した東京駅復元工事の見どころ

完成した東京駅を見るために、駅前の広場に3人が顔をそろえた。

「東京駅の復元がついに完成したね。」軽い挨拶が終わると、黄色いダウンジャケットを着た東郷さんがまず口火を切った。

「修復ではなくて復元なんですね。どこが一番変わったのですか?」赤いコートの恵美ちゃんは今日も首からカメラを下げてはりきっている。

「戦争の空襲で破壊された3階部分を創建当初の姿に復元したんだ。いままで角張った屋根だったのが、丸いドームになった。全体が2階建てになっていたのを3階建てにもどした。それから、目に見えない大きな変更は全体が免震構造になったことだ。

「カッコいいですね。とくにドームが素敵です。」といいながら恵美ちゃんはさかんにシャッターを切っている。

「おれは、なんだか作り物みたいで、気持ち悪いんだけどね。」と東郷さん。

「私は、この周りを見回して、どのビルも好きになれないけど、東京駅だけはとっても好きです。」

「たしかに東京駅を見に来ている人の数はすごいね。」

「ただの見物客からプロのカメラマンみたいな人までいろんな人がいるわ。もちろん建築ファンも多いと思いますけど。」

「丸ビルの時も大勢人が来たけど、あれは、中の店がお目当てだったよね。しかし、これは、どうみても東京駅の建築を見に来ている人だ。」

「私は壁の赤いレンガ、屋根、特にドームの屋根、これが近代建築にはないメルヘンチックな雰囲気を醸し出しているからだと思います。」

ここで宮武先生がおもむろに口を開いた。

「やはり東京駅は東京の顔なんですねえ。以前に〈近代建築には顔がない〉という話をしたけど、この東京駅は東京を代表する顔なんですよ。」

「そこですね、私たちが親しみやすい理由は。街にはやっぱり顔が欲しいんだと思います。」

「そうですね。辰野金吾が作り続けたレンガと花崗岩の建築は、いろんな都市に残っているけど、どこでも都市の顔として大切にされていますね。」

「盛岡にもこれとよく似た、すてきな銀行建築があります。」

「そうですね。辰野金吾の盛岡銀行本店ですね。小樽にも、大坂、大分にもあります。」

「確かにこういう建築が、都市の顔の役割をになっているのは確かだなあ。近代建築にはできなかったものだ。」

建築家の東郷さんには分の悪い展開だ。

「そうなんですよ。都市も企業も大きくなると顔が欲しくなる。明治生命や第一生命が古い建築を保存したのも、会社の顔の役割をになっているからですね。」

「あのー、外側はとっても忠実に再現されているみたいですけど、中にところどころレンガの荒々しい壁がむき出しになっていますが、どうしてでしょうか。」

「うんオリジナルなレンガ壁を見せているね。レンガ造建築の真実の姿を見せようとしているわけです。」

「レンガの壁に黒い穴が沢山見えますが、あれはなんですか。」

「あれは、木(もく)レンガといって内装の部材を取り付けるために埋め込んだ木の跡なんだ。鉄骨もむき出しになっていて、レンガと鉄骨の構造がよく分かるね。これはこの建築がレンガと鉄骨の構造だということをよく示しているね。」

「たしか、東京駅は関東大震災にも第二次大戦にもあっていますね。レンガ造ってそんなに強いんですか?」

「じつは、この建築は、レンガ造というより鉄骨レンガ造というべきものなんだよ。鉄骨で造った骨に隙間なくレンガを詰めたものなんだ。だから、鉄筋コンクリートみたいな強さになったらしい。」

「たしか松の杭の上に建っていたと聞きましたが。」

「そうなんだ。当時の建築はみんな松の杭の上に立っていたんだ。こんどの復元工事で松の杭は全部撤去したらしいけど、100年の間、合計11000本の松の杭がこの建築を支えていたらしいよ。」

「すごいですね。杭を撤去してそのあとはどうしたんですか?」

「こんどは、コンクリート製の杭の上に乗った鉄筋コンクリートの地下室をつくって、その上に駅舎全体をふわっと乗せた。つまり免震構造にしたんだ。地震がきたら、全長320mの駅舎全体がふわふわ揺れるようになっている。」

「えーっ。ほんとですか。信じられない!」

「北口の改札を入って右に進むとレンガ造の駅舎とコンコースの間が空いているのがわかるよ。免震構造だから、最大50cm移動すると想定して開けてあるんだよ。」

「ふーん、すごいことやっているんですね。」

「うん。これだけ大きな免震構造は珍しい。」

「ところで、東京駅の見所はどこでしょうか。」

「北と南のドーム、あとは外観だ。外観の全体がよく見えるのは、皇居へ向かう真っ正面の道だ。次に新丸ビルの7階のベランダだよ。少し見下ろすアングルだけど駅舎全体が見える絶好の撮影ポイントだから大勢来ているよ。あそこは無料で行ける所だからおすすめだよ。」

「あそこはおいしいお店が沢山あるから私は行ったことがあります。」

「あとは、北口のドームから入るステーションギャラリー。特に階段まわりにはレンガの壁が残されていて昔の鉄骨との取り合いの様子もよく見える。」

「免震の隙間が見える駅舎の裏側もいいね。改札を入らないとならないけど。」

「アノー。のどが乾いたんですけど、この駅舎には気軽に入れる店がないですね。」

「一ついい店がある。そこでお茶をのもう。」

こういうと宮武先生は奥へ奥へと進んでゆく。奥まった秘密めいたエレベーターで二階へ出ると、南口ドームを見下ろす回廊へ出た。

「わー、こんな見え方があるんですね。ドーム下の床の舗装のデザインが面白いですね。」

「ここですよ。虎屋の喫茶店がある。ほら、駅前広場を見下ろす面白い店でしょ。内装は内藤廣さんの設計なんです。」

「わーっ。うれしい。TOKYOプレートって、夜の梅、ポワールキャラメル羊羹、あずきとカカオのフォンダンの三つが乗ってるんだって。私これに決めた。」

「おれはマロン饅頭をもらおうかな。」

「私、皆さんより先に来て見て歩いたんですけど、北と南のドーム以外に見られる所がないんですね。いったい、他の部分は何なんですか。」

「そこが不思議なんだ。ドーム以外はほとんどホテルなんだよ。北の端にギャラリーがあるけどそれ以外は高級レストランとホテルだけ。われわれは駅を見ているつもりだけど、実際は150室の客室をもったステーションホテルを見ているわけだ。ずらーと並んでいる窓は全部客室の窓なんだよなあ。」

「レストランも高級すぎて近寄りにくい雰囲気なんです。」

「公共交通機関にしては、ずいぶん閉鎖的な作りになっているね。大量の乗降客を無視していませんかって言いたいね。」

ここで宮武先生がおもむろに口を開いた。

「やはり、JRは民間企業だから、採算性も大切なんですよ。大衆的なレストランなら八重洲口の地下に沢山あるし、ここは丸の内の国際的なビジネスセンターだから高級路線にしたということでしょう。」

「しかし、現代の公共的な建築として、公開性、透明性が求められるところだと思うけど、そのへんの配慮が欠如しているなあ。」

「ところで恵美ちゃん、今日は新しいカメラだね。」

「東京駅を撮るためにソニーのミラーレスαNEX-F3を買っちゃいました。小さいのにすっごく鮮明な写真がとれるんです。」

「おれは、一眼レフが大きくて重いので、ついにリコーのGR4にしたんだ。画質が良くてポケットに入るのが一番。」

「僕はGR4が固定焦点なのが不便なので、ソニーのRX100にしたんだ。コンパクトカメラだけど画像の鮮明さでは、ずば抜けているからね。」

3人はしばしカメラ談義に花を咲かせたのであった。

今日の結論は、東京駅の復元の最大の成果は東京の顔を取り戻した、ということでしょうか。」恵美ちゃんがまとめた。

「そうですね。ある意味、顔を失って建築の魅力をなくしたモダニズムに反省を促しているともいえますね。」先生が同意した。

東郷さんは「確かに現代の建築家には耳の痛い話だな。しかし、こんなのをこれから造るというわけにもいかないし、困難な課題だなあ。」と腑に落ちない幕引きとなった。

 

案内する人

 

宮武先生

(江武大学建築学科の教授、建築史専攻)

 「私が近代建築の筋道を解説します。」

 

東郷さん

(建築家、宮武先生と同級生。)

「私が建築家たちの本音を教えましょう。」

 

恵美ちゃん

(江武大学の文学部の学生。)

「私が日頃抱いている疑問を建築の専門家にぶつけて近代建築の真相に迫ります。」

 

■写真使用可。ただし出典「近代建築の楽しみ」明記のこと。