12.丹下健三生誕100年の衝撃

知られざる丹下健三
知られざる丹下健三

『芸術新潮』

特集:磯崎新が読み解く知られざる丹下健三

2013年8月号

1,500円

丹下健三

 今日は、丹下健三の生誕100周年を記念して、続々と出てきた丹下健三関係の本を持ち寄って、丹下を肴にして一杯飲もうという企画だ。

 集まったのは神田小川町の、とある小さなビルの地階「狩の川」だ。

「2013年9月5日は丹下健三の生誕100年記念ということで、いろんな企画が目白押しですね。出版、講演会、業界紙の特集号、建築雑誌の特別企画等、丹下健三を再評価する機運が巡ってきたようです。」宮武先生は重そうなカバンを降ろすとまず趣旨を説明。

 東郷さんも大きな本を手に持って到着。

 恵美ちゃんは今日はカメラもなく小さなハンドバッグ、しゃれたセーターに大きめのネックレス。手には雑誌を一冊。

 三人そろったところで、まずはビールで乾杯。

「丹下健三生誕100年おめでとう!」

 まず恵美ちゃんがとりだしたのは「芸術新潮」。

「いろんな人が思い出話をしているし、写真がとっても面白かったわ。」

「丹下健三の前夫人加藤とし子さんが保存してきたアルバムや手紙など、膨大な資料が少しづつ公開されはじめているらしい。「芸術新潮」はそのうちアルバムと手紙の一部を借り出して、当時の事情をよく知っている磯崎新らに解説させたわけです。」と宮武先生が解説。

「手紙といっても相手がコルビュジエやグロピウスからのものですから。すごいですねえ。」

「グロピウスとは特に親密だったことがよくわかるねえ。」

「はい、いっしょに旅行して、全員浴衣姿でくつろいでいます。」

「写真を見ていると丹下邸は当時、国際的な著名人が集るサロンのようだね。グロピウス、ワックスマン、イサム・ノグチ、ペリアンらが楽しそうに談笑している。そんな情景を丹下自身が撮影している。丹下さんは写真にこだわりのあるひとだったから、すごいね。」

「これらの写真は歴史的にものすごく価値ある資料ですよ。丹下さんの前夫人が秘蔵してきた膨大な資料の一部らしいけど、アルバムだけでもすごい量らしい。」

「磯崎新、篠田桃紅、村井修、松本哲夫といった、当時をよく知る人々が思い出を語っています。」

「この丹下邸の庭の結婚式の写真は、丹下さんご夫妻が媒酌人で、花婿は磯崎新ですよね。」恵美ちゃんがじっと写真に見入っている。

「そうだ伝説の磯崎新の結婚式の写真が出て来た。実に貴重な一枚だ。」

「このあと、二人で二階にあがって、キスする姿を障子に映して、その影絵を全員が庭からみて、おおいに盛り上がったという話だ。」

「丹下さんは1970年ころに離婚して次の夫人と再婚したので、前夫人の加藤とし子さんは広島から万博まで、丹下さんの全盛期の20年間につれそった歴史の証人なんです。」

「その加藤とし子さんと娘の道子さんが保管してきた資料の一部がでてきたわけだけど、全部公開されれば、丹下健三伝は全面的に書きなおされるに違いないですね。」

「それは、日本の戦後建築史にとっては大きな衝撃だね。」

「歴史が作られてゆく瞬間に立ち会っているみたいで、楽しみだわ。なんだかわくわくしますね。」

 

「先生、いつものお酒が入ったんですけど。」割烹着を着た女将が4合瓶を持ってきた。

「おお、ダッサイじゃないか。いいねえ。」

「なんですか?ダッサイって。」恵美ちゃんが怪訝そうにのぞき込んだ。

「これは、山口県岩国の酒でね。カワウソのマツリと書いて獺祭(だっさい)という酒なんだ。カワウソは魚を獲ると川原に並べておく習性があるんだ。それで身の回りに資料を並べている状態を云ったり、いろんなことをやり散らかして一向にまとまらない人のことを云ったりするんだ。」

「じゃあ、宮武先生のことじゃないか。雑文は書き散らしているけど、一向に論文が完成しない。」と東郷さんが混ぜ返した。

丹下健三を語る

槙文彦・神谷宏治編

『丹下健三を語る:初期から1970年代までの軌跡』

鹿島出版会

2013年7月3日

358頁

3,990円

「次はこの本にしよう。槙文彦と神谷宏治が中心になって、丹下さんに少しでも関係のある人々にインタビューや座談会で丹下さんの思い出を聞き出したものだ。」

「大勢の関係者が登場するけど、最初から読み物としてつくっているから、気軽に読めるね。しかし、ここにも驚くようなことがいろいろ出て来てきます。」

「丹下さんは所員にいろんな案を出させて、その中から気に入った案を選んだと云われてきたけど、香川県庁舎の場合は条件が厳しくて、だれも手を出せなかったところに、丹下さんが三日間家に籠って自宅で平面、立面、断面を100分の1で書いてきた。それがあの作品だった、と神谷さんが証言している。」

「丹下さんは図面を描くのがすごく早かったと語っていますね。」

「磯崎さんの架空座談会も面白かったわ。磯崎さんが司会をやって岸田日出刀と浜口隆一、浅田孝が縦横に議論しています。岸田さんが丹下さんの先生、浜口さんが同級生、浅田さんがスタッフですから、あの世から理想の出席者を呼び出したわけですね。」

「岸田日出刀という人は分かりにくい人だったけど。丹下さんを世に送り出すために岸田さんの果たした役割がよくわかりました。」

「単にフィクサーだっただけでなく、丹下さんのデザインの方向まで示していたという指摘は興味深いなあ。」

「磯崎さんはかなり踏み込んだ発言をしてますね。非常におもしろい。」

「万博のお祭り広場の最初期のスケッチを磯崎が書いたと豊川斉赫が書いているけど、別のところで六角鬼丈がほんとは自分が描いたと云っている。どうみても磯崎のタッチではない。」

「巻末にグロピウスとの往復書簡を収録したのもすごいね。」

「戦後の建築史はまだまだ流動的だねえ。」

 

群像としての丹下研究室

豊川斉赫

『群像としての丹下研究室—戦後日本建築・都市史のメインストリーム』

オーム社

2012年5月10日

402頁

4,200円

東京計画1960

「つぎはこれにしようか。広島計画から大阪万博まで、つまり1950年から1970年まで、東大都市工学科丹下研究室とURTECに関係する資料、 30人をこえる関係者へのインタビューに基づいて、丹下健三とその周りの集団を大きな視野で描いている。読み進むと驚きの連続です。」

「丹下さんは単なる建築家ではなく、都市、さらに日本の将来像を大きなスケールでデザインしようとしたんだねえ。」

「丹下さんの研究室を卒業して行く秀才たちが丹下さんの思想の断片を分担して発展させ、巨大なシンクタンクを形成してゆく様子は驚くべきものですね。それが全国総合開発計画に結実してゆく。」

「建築の設計でも、丹下健三が司令塔になって、優秀な担当者が必死になってデザインを煮つめ、技術を開発してゆく、息詰まるような緊張感が伝わってきます。」

「広島、香川県庁舎をへて、頂点が代々木の国立総合競技場と聖マリア大聖堂だ。それまでのあらゆる創意工夫、成功と失敗の経験がここで集大成してゆく。特に構造の坪井善勝のもとで若い川口衞が次々と創造的なアイディアを繰り出してゆくのは驚きだ。」

「代々木と大聖堂が同時に進行してゆく、しかもまったく共通点のない独創的なデザインと技術、感動的ですね。」

「浅田孝という人の役割が面白いなあ。天才的なプランナー。」

「私は岡本太郎との関係が興味深かったわ。丹下さんと正反対の性格なのに丹下さんはとても高く買っていますね。大阪万博の太陽の塔だって、まったく異質なデザインなのに丹下さんはすんなりと受け入れているんですね。」

「河合健二がかなり長いあいだ、設備の協力をしていますね。この人はアメリカの設備機器のエージェントでしかも抜群のアイディアマンだ。その自邸に石山修武がほれこんでコルゲートパイプの住宅をつぎつぎにつくったのは記憶に新しい。」

「この本は豊川斉赫の学位論文をもとにしているから、ちょっと論文調の文章がこなれきっていないので読みにくいけど、戦後の建築史を書き直す重要な本であることは間違いない。」

「丹下研の卒業論文を読み込んで、丹下さんの思想を解明するとか、30人を超える関係者へのインタビューとか、画期的な研究手法なんじゃないの。」

「うん。驚くべきものだ。しかも丹下さんの前夫人加藤とし子さんの手元に保管されている外国人建築家との1000通をこえる手紙を整理したというから、この人からはまだまだなにが出てくるかわからない。」

 

丹下健三とKENZO TANGE

豊川斉赫

『丹下健三とKENZO TANGE』

オーム社

2013年7月20日

912頁

14,700円

「つぎは、このでっかい本にしようか。」宮武先生が重そうに大きな本をとりだした。大きさも厚さも抜群だ。

「豊川斉赫が学位論文の丹下研究のために行った膨大なインタビューをそっくり収録した大著なんだ。貴重な話はもちろん、興味深い写真もたくさん出て来た。」

丹下健三とKENZO TANGE
丹下邸

「インタビューを受けた人は、大谷幸夫、下河辺淳、槙文彦、曽根幸一、富田玲子、谷口吉生、古市徹雄、川口衞、松本哲夫、加藤とし子と、全部で48人になるそうです。」

「私は一番興味深かったのは、加藤とし子さんですね。ご高齢なのに、記憶は鮮明で、おっしゃることがまた素敵です。日常生活を通して丹下さんの人間性が鮮やかに目に見えるようです。グロピウスやペリアンとのきめ細かなやりとりが生き生きとしています。」

「とし子さんのお嬢さんの内田道子さんもお話してますね。」

「道子さんは有名な丹下邸でイサム・ノグチのあかりと一緒に写っている女の子ですね。」

「道子さんのお話は、成城の丹下邸での生活が生き生きと蘇っていますね。桂離宮の撮影につれていかれて、月見台でおままごとをしたと語っています。」

「この本は戦後の建築の歴史にとって貴重な資料だけど、生の声ばかりなので、読み物としても抜群の面白さです。」

「丹下健三の生誕百年記念事業の中のハイライトですね。」

「豊川斉赫(さいかく)という人は、1973年生まれ、ということは、いま40歳くらいですか。東大を卒業後、日本設計に勤務、退職後、学位論文を提出、それがこの2冊の本に結実したというわけです。いまは国立小山高等専門学校の准教授らしいですよ。」

「うーん。すごい研究者が出て来たもんだ。これで戦後の建築史がずいぶん面白くなってきたぞ。」

「豊川斉赫の研究もすごいけど、この出版不況の中でこれを出版したオーム社の決断にも拍手を送りたいね。」

「そうだ、豊川斉赫とオーム社のために、乾杯!」

「カンパイ!」

「ねえ、ねえ、私こんな画面を見ちゃったんですけど、ご存知ですか?」と恵美ちゃんがスマホを取り出した。

「なんだ、そりゃ。」

「これは、9月5日のgoogleの検索画面なんです。一日だけ画面が丹下バージョンになったんですよ。」

「えーっ、驚いたなあ。知らなかった。」

「珍しいねえ。」

2013年9月5日のgoogle検索画面
2013年9月5日のgoogle検索画面

「いろいろ読んでみて、丹下さんのスケールのものすごい大きさを再認識したなあ。」

「そうですね。アラブの王様のお抱え建築家になった後半生はつまらないけど、1970年までの前半生は、改めて考えさせられましたねえ。」宮武先生も東郷さんの意見に同調した。

「私は丹下さんのことをほとんど知らなかったので、ほんとにびっくりしました。戦後のまだ貧しかったときに、大きな仕事をしたんですね。それに、いつでも世界を相手に仕事をしているのがすごいと思いました。」

「教育者としてもすごいと思うなあ。磯崎、黒川、槙、谷口と、あとに続く大きな建築家を育てた功績は大きいを思う。」

「そんな偉大な建築家が、家庭、研究室、お施主様と、だれに対しても、穏やかで、平等に接したという、人間性がいいと思いました。先生と呼ばせなかったそうですね。」

「そうだね。そう見てゆくといいことばかりだけど、やはり、成功するにしたがって、権力者に取り入って、庶民のこころを忘れてしまったことが残念ですね。そこで、長谷川尭から神殿的な建築と糾弾されるわけだよね。村野藤吾の再評価が出てきてもてはやされるのは、そんな状況なんだよね。」

「丹下健三の生誕100年は、戦後の近代建築史を考えなおすよい機会になりそうだなあ。」

「獺祭(だっさい)も美味しかったし、いろいろ勉強になりました。ありがとうございました。」

 

案内する人

 

宮武先生

(江武大学建築学科の教授、建築史専攻)

 「私が近代建築の筋道を解説します。」

 

東郷さん

(建築家、宮武先生と同級生。)

「私が建築家たちの本音を教えましょう。」

 

恵美ちゃん

(江武大学の文学部の学生。)

「私が日頃抱いている疑問を建築の専門家にぶつけて近代建築の真相に迫ります。」

 

■写真使用可。ただし出典「近代建築の楽しみ」明記のこと。

 

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