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群馬音楽センター アントニン・レーモンド 1961年
群馬音楽センター アントニン・レーモンド 1961年

群馬交響楽団の拠点のために、高崎市民の熱望によって建てられた音楽ホール。市の予算が乏しいため、建設費の総額の半分近い1億円が市民の醵金によって集められたという。

正面の大きなガラス面が目を引くが、特徴は側面から屋根を覆う鉄筋コンクリートの折板構造である。

群馬交響楽団は高崎の実業家井上工業社長井上房一郎によって作られたが、この音楽堂の設計をアントニン・レーモンドに依頼したのも井上房一郎であった。

昭和8年にナチスに追われて来日したブルーノ・タウトを保護したことで有名な井上は高崎の芸術文化活動に熱心に取り組んだ大パトロンであった。

1961年、戦後の貧困を克服してやっと芸術を求める余裕が出て来たことを示しているのだが、今からみると、まだまだゆとりの無い時代に、余分の許されない切り詰めた緊張感が漂った爽やかな建築である。

この日は群馬交響楽団の平日午後演奏会であるが、時間前から多くの人が並んでいた。自転車でくる人もいた。

この建築は、折板構造という折り紙のようにコンクリートの板を折り曲げたような、柱や梁ではなく、屏風のような構造を特色としているが、日本では、同時代にできた世田谷区民館とともに極めて貴重な建築である。世田谷が四角い箱のような形に対して、ここは全体を五角型で全体を包みこむ極めて意欲的な造型である。

公園のような広い敷地に、何の囲いもなく、だれでも近づくことができ、開放的に置かれているので親しみやすい。

スッキリとした出入り口。スチールサッシのため、一段と透明感があり、開放的だ。

 

庇のコンクリートとスチールサッシの取り合いが興味深い。

スチールサッシの強度を増すための工夫。

側面は折板構造がよく分かる。空中に梁が串刺しになっているのも興味深い。

工事は井上の主宰する井上工業が請け負った。

当初、レーモンドは、これは、非常に難しい工事なので、地方の建設会社では無理だと心配したが、井上の熱意に押されてしぶしぶ合意。しかし、いざ工事が始まってみたら、社員が高崎の市民で、誇りをもって熱心に取り組む姿を見て、東京の建設会社よりはるかに良い仕事ができた、と感心したという。

鉄筋コンクリートの打ち放しの表面が奇麗に維持されている。

入口を入るとそのままロビーだ。左右に曲面の大きな階段が見えてロビーのアクセントになっている。

外観が直線的だったのと対照的に、階段はやわらかな曲線がうねるように登ってゆく。

階段を裏から見ると、支柱もなく、さらにダイナミックに身をよじるように上昇していく様子がわかる。丸い穴があいた手摺のデザインも興味深い。

日本の公共建築は、どうしてこういうものを雑然と置いてしまうのでしょうか。全体に奇麗に使われているのですが、こういう所が気になります。

うねる階段の手摺。手摺部分だけが黒く塗装されている。すごいですね。

手間を惜しまず、コンクリートだけでこれだけのことをやってしまうのですね。

アントニン・レーモンド(1888〜1976)はチェコ出身の建築家。

プラハ大学で建築を学んだあとアメリカに移住しノエミと結婚。フランク・ロイド・ライトの事務所に入所。帝国ホテルの設計のためライトに同行して来日。その後日本で設計事務所を開設して多くの名建築を生んだ。第二次大戦のため一時アメリカへ帰るが、戦後再び来日。インテリアを担当したノエミ夫人とともに日本建築のスピリットを生かした優れた建築を精力的に作った。この音楽堂はその代表作の一つである。

大きなガラス窓のせいで、2階のロビーはこんなに明るく開放的。

2階ロビーの壁面をかざる大きな壁画。

壁画を依頼する予算がなかったので、レーモンドが自ら下絵を描いて、市民が分担して色を塗ったと言われています。レーモンドは妻ノエミと共に絵を書き続けた画家だった。いろいろな建築に作品を残しているが、これは最大の作品であろう。

1階ロビーの床はテラゾー(人造石研ぎだし)で菱形のデザイン。

ホールの内部は、全体の折板構造の5角形のままにコンクリートの構造体がなかば露出しているが、音の反響を押さえるため、ベニヤ板が張り巡らされている。コンクリートと木材との隙間に間接照明が埋め込まれて、このホールの形を強調している。

打ち放しコンクリートとベニヤ板の内装は、質素で、親しみ深い印象だが、それが程よく音響効果を調節している。

この日は、群馬交響楽団の平日午後公演「展覧会の絵」であった。

曲目はムソルグスキーの「禿山の一夜」「展覧会の絵」など。大植英次の情熱的な指揮により、メリハリの聞いた大音量がこのホールを満たした。

座席は1〜1.5割ほどの空席があったが、熱心な聴衆を前に、熱の籠った素晴らしい演奏会になった。

5角形の折板構造。世界に類を見ないユニークな建築である。

高崎市は、音楽ホールをふくむ総合的な文化施設「高崎文化芸術センター」を駅の近くに建設中である。この音楽堂をどうするつもりか気になるところだ。

 

この建築は1961年という、戦後の貧しい時代から、やっと復興が軌道に乗った時代の、市民とスポンサー、音楽家たちが心を一つにしてなしとげた貴重な文化遺産である。60年間、高崎のいや、群馬県の文化の象徴として市民に愛され支えられて、生きてきた姿は本当に貴重なものだ。こんごも大切に維持し生かしてほしいものだ。

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コメント: 1
  • #1

    中野義彦 (月曜日, 28 10月 2019 10:35)

    素晴らしい解説をありがとうございます。

案内する人

 

宮武先生

(江武大学建築学科の教授、建築史専攻)

 「私が近代建築の筋道を解説します。」

 

東郷さん

(建築家、宮武先生と同級生。)

「私が建築家たちの本音を教えましょう。」

 

恵美ちゃん

(江武大学の文学部の学生。)

「私が日頃抱いている疑問を建築の専門家にぶつけて近代建築の真相に迫ります。」

 

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