金沢21世紀美術館を見る

金沢21世紀美術館 設計:妹島和世+西沢立衛/SANAA 2004
金沢21世紀美術館 設計:妹島和世+西沢立衛/SANAA 2004

金沢市の中心部、県庁舎、兼六園にはさまれた絶好の立地に、この美術館はある。開館以来13年、いつも大勢の来館者で賑わっている。

誰もが気づくこの美術館の最大の特徴は、丸いこと、透明なこと、明るいこと。

なぜいつ来てもこんなに多くの来館者があるのだろう?

何よりも、美術館のいかめしい雰囲気がないこと、だれでも気軽に入っていける開放感であろう。

設計にあたって、当時の市長から「普段着でも入れる美術館」をつくって欲しいと望まれたという。

驚くことは、来館者の半分くらいは、無料ゾーンだけ廻って帰ってゆくことである。有料の展覧会を見ずに、無料ゾーンを廻るだけでも十分に楽しめる展示物があり、それだけでもかなり満足できることである。

設計にあたって、この敷地に「交流館」と「美術館」という二つの建物を作ることが求められたという。しかし、設計者からの提案は、この二つを一緒にしましょう、というものであった。この結果、中央部の有料の展示ゾーンと外周部の自由に回遊できる無料の交流ゾーンが混在する前代未聞の美術館が誕生したというわけである。

美術館のキュレーターから出された要望は、各種の展覧会に対応するために、高さを4.5m、6m、9m、12mなど様々な大きさの展示室を用意してほしいというものであった。このときのキュレーターは長谷川祐子。彼女はその後世界中で活躍する日本を代表するキュレーターとなり、現在東京都現代美術館チーフキュレーターを勤めている。この美術館の設計には、長谷川祐子の考え方がかなり反映している。

 

これにたいし、設計者の提案は、円形の交流ゾーンの中に様々な大きさの立方体の展示室を点在させるというものであった。立方体の展示室を互いに離して、間に無料ゾーンを挟み、さらに中庭を点在させてバラバラに配置するというものであった。

設計者、SANAA(Sejima and Nishizawa and Association)は妹島和世と西沢立衛のユニットがつくった設計事務所。ガラスを多用した透明感のある建築の流れを牽引して世界から注目されている建築家だ。これまでにも数々の話題作を送り出してきたが、なかでもこの美術館の透明感は圧倒的だ。外壁が全て曲面ガラスなのだ。「壁=窓」これ以上透明な建築は考えられない。

ここを訪れた11月半ばのある日、天気予報は90%雨であった。完全にあきらめていると、なんと、突然晴れ間が。「降っているかと思うと突然晴れる、これが金沢なんですよ」と大阪から来たというスタッフの一人が教えてくれた。

その結果、厚い雲に覆われているのに、突然かなり強い光が差し込むドラマチックな体験ができた。

この建築は金沢の気象をじつにうまく生かしている、と思わず唸った。

「明るい建築」これは、近代建築が一貫して追求してきた中心的なテーマだったと言っていいと思う。21世紀になって、ガラスという工業製品が大量に出回ったことが大きな要因の一つだが、やはり、ロンドンの万博で作られた「クリスタルパレス」の衝撃が大きい。のちにキューガーデンの温室などに次々に建設されたガラス建築だ。

印象派が光溢れる画面によって、ヨーロッパの絵画の歴史に風穴を開けたのと軌を一にする、近代建築の大きな動機の一つであろう。さらにいえば、近代という時代が明るさを求めていたのである。

ル・コルビュジエもミース・ファン・デル・ローエもガラスによって可能になる新しい建築を提唱して近代建築を切り開いてきた。

しかし、この流れをもっとも大胆に切り開いたのは、なんと言っても妹島和世と西沢立衛のSANAAだ。しかもその代表作がこの美術館である。

朝日をあびている入口右側のカフェレストラン。

大小の展示室のキューブが円形の屋根の上に飛び出しているのがよくわかる。

カフェレストランも開館後まもなく満席となった。

ガラスの壁面に接近してみる。壁面=窓面にはガラス以外の部材が一切ない。視界を遮る夾雑物がなにもないのだ。

しかも、屋根を支持する柱は極く細い。ほとんど存在しないと言っていいほどの太さだ。

とてつもなく透明なガラス。これは、厚さ19mmの高透過ガラス2枚を1.6mmの膜を挟んで接着したもので、合わせて39.6mm、約4cmの厚さがあるそうだ。

この均一な曲面ガラスを作るのは大変な技術にちがいない。

それにしても、庇もないので、汚れも少なくないと思われるのに、常にガラス面をクリーンに維持するためには大変な努力が必要なのではないだろうか。

しかし、より大きな心配は、SANAAの建築に共通して言えることだが、ガラス面を通して失われる熱量のことである。夏の日差しはもの凄いと思われるし、冬の暖房の熱損失も大変なものではないだろうか。

一言でいえば、温度環境に対する配慮がどうなっているのか、ということである。庇もないし、ルーバーもない。熱損失に対する建築的な対応がまったく見えないのである。

環境への対応が最大の課題となりつつある21世紀の建築にとって、このような肌着のまま寒風のなかに立っているような建築は許されるのだろうか、それがどうしても気になる。

正面入口部分。いわゆる玄関だ。水平の庇があるだけの極めてシンプルな入口だ。入口は5つあるが、4つが来客のために開放されている。開館時間にはこの4つの入口は全て開放されており、どこからでも出入り自由である。

円形の平面に四角の展示室が点在するまことにシンプルな平面だ。

しかし、SANAAはこの平面に決めるまでに、100を超える模型をつくって、展示室の配置を繰り返し検討したという。

単純に見える平面の裏には大変なスタディがあったのである。

色のついた部分が有料の展示ゾーン、白い部分が無料の交流ゾーン。

メインエントランス周辺の空間。右にチケット売り場がある。開館直後のため人が少ないが、間もなくこのスペースは人で一杯になった。

入口の正面に「スイミング・プール」のある中庭が見える。

中庭の向こう側の丸い展示室

丸い展示室の屋上に「雲を測る男」ヤン・ファーブル

左がチケット売り場のホール、右がプールのある広場。

この圧倒的な透明感。そして庭との連続館。ここ以外では決して体験することができないものである。

陽が差し込むと、一段と透明感を増して、重力までなくなったかのような浮遊館で満たされる。

しかし、一瞬にして、光は薄れ、静かさをとりもどす。この外気のけたたましい変化を、この建築はそのまま受け入れ、楽しむことができる。

平滑で無彩色の床と天井もこの建築の特徴。木や煉瓦などの素材感のある材料は一切排除されている。床はコンクリートそのもの。平滑に磨き上げたコンクリートの床は妹島和世の得意とする仕上げだ。

窓際に並んだ透明な椅子と白いロッカー。

陽が差し込むと、透明な椅子が美しい影を床に投影する。展示された芸術作品のように椅子が扱われている。

水平、垂直の部材で構成された表情のない空間の中に、透明な椅子がかすかな存在感を見せている。

突然差し込んで来た強い日差しが、透明で消えそうだった椅子の存在感を再び際立たせてくれた。

ロッカーの前に置かれた白いマット。子どもたちにとっては、絶好の遊び場だが、これも展示された作品のように見える。

白いロッカーと白いマット。

白い壁と柱、ロッカーとマット。計算されつくした構成。

子どもたちの鮮やかな服が無彩色の空間の中に際立って見える。

交流ゾーンをもっと奥へ進む。

授乳コーナーが見えてきた。

一番奥の廊下だ。見通しのよい廊下。

光があふれる廊下。

パトリック・ブラン「緑の橋」

竜舌蘭のある中庭。竜舌蘭はこのときの展示品。

やっと現れた木のベンチ。太い無垢の木材が横たわっているだけなのだが。ここでは、それだけで圧倒的な存在感がある。

SANAAがデザインした代表的な椅子。

情報ラウンジに敷かれたイレギュラーな形のジュウタン。

ロッカーのあるコーナー

文字どおり開かれた会議室

図書室

古来、柱は建築の中でもっとも重要な表現の対象となる部分である。パルテノン神殿の大理石の柱がその典型なのだが、ゴシック建築でも上昇する高い柱なしにはありえない空間である。しかし、ここでは、床と柱は限りなく存在感を失い、まるで重力を感じさせないほどに、繊細なものになっている。

ミュージアムショップ

限りなく透明なエレベーター

人を乗せて降りて行く。

地階に降りたエレベーターと階段。

地階にはSANAAデザインのフラワーチェアが点在していた。

中庭に見えた青空。

中庭に作られた恒久展示レアンドロの「スイミング・プール」。

プールを覗き込む人々。

プールの下には別の人々がこちらを見ている。

このプールは常設の展示作品。水はガラスの上に10cmくらいしかないのだが、いくら見ても不思議な効果を楽しめる。上は無料ゾーンにあるが、下は有料ゾーンになっている。この美術館のもっとも人気の展示物である。

 

今回は、有料ゾーンはほとんど紹介していない。そこはほとんど撮影禁止区画なのだ。しかし、展示ゾーンは、展示のためのただの白い箱なので、見るべき空間は、むしろ無料の交流ゾーンだと言ってまちがいない。この美術館では、中庭も廊下もトイレさえ展示空間になる。もちろん周囲の庭も屋上にも展示がなされている。無料で楽しめる装置がたくさんあるのだ。

 

現代建築の最高傑作は何ですか、と聞かれると、私は躊躇なく金沢21世紀美術館と答える。この建築は間違いなく21世紀の日本を代表する建築である。

近代建築の方法を極限まで追求しながら、これだけ、人々に愛されている建築は他にないと思う。しかも、その空間は、近代建築の巨匠たちの想像をはるかに超えた地点にまで到達している。

金沢という地方都市の中心部にあって、街の活性化に寄与するという期待に十分応えている点でも、素晴らしいと思う。美術館としても、大きな影響力をもっているのではないだろうか。

近代建築の魅力を発信している功績も少なくないと思われる。

ただ気になるのは、環境の世紀と言われる21世紀に、エネルギー環境への配慮が欠けているのではないかという点である。この点についてはまだ納得できていない。

しかし、傑作であることは間違いない。一人でも、多くの人に見てほしい建築である。

案内する人

 

宮武先生

(江武大学建築学科の教授、建築史専攻)

 「私が近代建築の筋道を解説します。」

 

東郷さん

(建築家、宮武先生と同級生。)

「私が建築家たちの本音を教えましょう。」

 

恵美ちゃん

(江武大学の文学部の学生。)

「私が日頃抱いている疑問を建築の専門家にぶつけて近代建築の真相に迫ります。」

 

■写真使用可。ただし出典「近代建築の楽しみ」明記のこと。

 

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