今井兼次の「フェニックス・モザイク」

地下鉄「後楽園」駅から5分ほど、本郷へ向かう壱岐坂(いきざか)の途中のY字路に大きなモザイクタイルの壁画が現れる。

「東洋学園大学」の壁画だ。

よく見ると多彩な陶片のモザイクが見えてくる。

もともと、この場所にあった前身の東洋女子短期大学の校舎の壁面にあったものだが、現校舎に建て替えるに際し、モザイク壁面だけ外して保存したものだ。

足元の混沌とした部分から幾何学的なものが立ち上がっているのが分かる。

右側の太陽と左側の空を細いピラミッドが分断している。

交差したものはなんだろうか?

よく見ると太陽はかなり多様な陶片が使われている。

壁画を制作したのは、建築家:今井兼次。

日本人で最も早くアントニ・ガウディを発見したとされている。

それは1927(昭和2)年、今から90年ほど前、サグラダ・ファミリアの最初の塔がまだ途中までしか出来ていなかった時、しかし、今井がバルセロナのサグラダ・ファミリアの前にやっとたどり着いた時、ガウディはすでに前年に市電にひかれて亡くなったあとであった。今井はこの時、ガウディの弟子に面会し、その後、生涯交遊を続けたという。

ガウディの作品に感動した今井は、帰国後、ガウディの作品を紹介し続けたが、モダニズムへ雪崩れ込んでいた日本の建築界ではまるで相手にされなかった。しかし、今井は陶片によるモザイクタイルを「フェニックス・モザイク」と名付けて機会を見つけては何度も試みている。

もっとも有名なのが、長崎の26聖人殉教記念館であるが、ほかにも皇居の桃華楽堂などが残されている。

東京都内でもっとも手軽に見られるのが、この東洋学園大学の壁画だ。

1961年に完成した当時の東洋女子短期大学の校舎。校舎とともに今井兼次の手によって出来上がった。

校舎は2007年に日建設計によって建て替えられたが、その際この壁画だけが残された。屋上などにも5つほどタイル作品があったらしいが、それらは、解体されて部分的に保存されているらしい。

もとの写真と比較してみると、現状はかなりよく元の姿をとどめていることがわかる。

壁画の題名は「岩間がくれの菫花」だったという。

使われた陶片には生徒、卒業生、教職員が持ち寄った陶器の破片もまざっている。

そこには、使われなくなって役に立たない小さなカケラでも、集まれば大きな力になるというメッセージが込められている。

制作にあたっては、ベテランのタイル職人とともに、今井は自ら手をとって制作にあたったと言われている。長崎の作品では、塔の制作にあたって、下からメガホンで指示する今井の情熱的な姿が16mm映画の映像に残されている。

制作された1961年の数字が残されている。

生徒たちが持ち寄った陶片が見える。

設計図があるわけではない。現場で職人とともに試行錯誤しながら造ったようだ。その苦労は大変なものだったに違いない。

生徒たちの思い出がぎっしりと詰まっている部分だ。

もう一度全体をみると、廃墟の中からたくましく立ち上がるピラミッドを中心に、建設の喜びを歌い上げているようにも見える。

混沌とした廃墟のなかに光が差しているようにも見える。

モザイクに日用雑器を使うのは、ガウディには見られない今井の独創である。

今井は建築設計の傍ら、多くの幻想的なパステル画を残したことでも知られているが、今井の絵心がここに開花しているのであろう。

今井兼次は早稲田大学の建築学科の教授であったが、純粋で情熱的な姿勢は多くの学生に感動を与えた。

戦後の日本建築界に多くの人材を送り出した早稲田の黄金時代があった。その中心には吉坂隆正がいたが、それを支えたのは今井兼次であった(と思われる)。

いろいろと意味の深い「フェニックス・モザイク」もう一度立ち止まってみ直してみませんか?

羊はもちろん人類とくに遊牧民とともに暮らしてきた大切な動物です。人に羊毛や肉を提供してきた羊。必ず群れをなして生きている羊。ここでは何を現しているのでしょうか?

このモザイク壁画は、2007年に文京区から「都市景観賞」を与えられている。

「東洋学園大学の壁画は、歴史を継承しながら開放的な空地も確保し、新しい形で地域のシンボルとしてよみがえり、文京区の景観づくりに貢献しています。」

 フェニックス・モザイク「岩間がくれの菫花」

 デザイン 今井兼次(1895〜1987)

 建築家 早稲田大学教授 日本芸術院会員

壁画は1961(昭和36)年、東洋女子短期大学の新校舎建設に際して制作された。イギリスの詩人W. WordsworthによるLucy詩編の一部、「岩間がくれの菫花」をモチーフにした作品であり、素材には主材料のタイルの他に学生、卒業生、教職員の持ち寄った陶器の破片が用いられている。

2007(平成19)年、東洋学園大学の新校舎建設に当たり、学園のシンボルとして原型のまま保存することとした。

                      2007年 東洋学園大学

壁画は街の一角にさりげなく立っているが、日本の建築の歩みのなかにきっちりと足跡を刻む貴重な作品であることは間違いない。今井兼次の果たした役割を考える機会にしてもいいのではないだろうか。

今井兼次は、1926〜7年のヨーロッパ旅行で、モスクワで多くの建築家に会い、エストベリのストックホルム市庁舎に感動し、パリでル・コルビュジエのアトリエを訪問し、スイスでゲーテアヌムを訪ね、そしてバルセロナにサグラダ・ファミリアを訪ねている。しかも、すべて建築家に会い、インタビューし、貴重な写真を撮って帰国後雑誌に報告を書いている。驚くべき情報力、行動力である。

この旅行のときに撮られた膨大な写真、日記が未整理、未公開であることは何とも惜しまれてならない。

そういえば、ル・コルビュジエの作品群は世界遺産となり、ストックホルム市庁舎はノーベル賞の授賞式、晩餐会で毎年話題を提供している。サグラダ・ファミリアは今や世界中の観光客を集めてスペインの代表的な建築になっている。今井の着目した建築はどれも実に息の長いものである。

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コメント: 2
  • #1

    浅黄 美彦 (金曜日, 20 1月 2017 11:24)

    時折通るところでしたが、見過ごしていました。じっくり眺めてきたいと思います。

  • #2

    小川格 (金曜日, 20 1月 2017)

    ここが、スペイン、バルセロナのガウディ建築とつながっていたんですね。そこに気がつくと、東京散歩も一段と楽しくなりますね。

案内する人

 

宮武先生

(江武大学建築学科の教授、建築史専攻)

 「私が近代建築の筋道を解説します。」

 

東郷さん

(建築家、宮武先生と同級生。)

「私が建築家たちの本音を教えましょう。」

 

恵美ちゃん

(江武大学の文学部の学生。)

「私が日頃抱いている疑問を建築の専門家にぶつけて近代建築の真相に迫ります。」

 

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