旧小菅刑務所を見に行く

旧小菅刑務所 昭和4(1929)年竣工 設計:蒲原重雄
旧小菅刑務所(東京拘置所) 昭和4(1929)年竣工 設計:蒲原重雄(司法省営繕課)

まるで白鳥がいままさに飛び立とうとしているような優美な建築。

これが、刑務所のために作られたとは、ちょっと信じられない。

しかもこれが作られたのが今から100年ほども前だとは。

これを設計したのは蒲原重雄(1898(明治31)〜1932(昭和7))。

 1922(大正11)年、東京帝国大学建築科卒業、司法省に就職。

翌1923(大正12)年、関東大震災により刑務所倒壊。

 1924(大正13)年、小菅刑務所着工

 1929(昭和4)年、同竣工

 1932(昭和7)年、結核により逝去。享年34歳。

この小菅刑務所が処女作にして遺作。

これを作るためにこの世に送られ、出来たら去ってしまった。

この白鳥のような建築は、みずから空高く舞い上がり飛び去るために作作られたのだろうか。

東京駅を作った辰野金吾は、明治時代の建築を代表する建築家だが、1919(大正8)年に亡くなっている。

翌1920(大正9)年、東京帝国大学を卒業した学生たちが第1回分離派建築展を開き、自由な造型を謳歌して明治建築と訣別し、大正建築を宣言した。

蒲原重雄はこの分離派世代より2年遅れて東京帝国大学を卒業している。

興味深いことに蒲原と同級生に、のちに丹下健三を押し上げて日本のモダニズムを強力に推進した岸田日出刀がいた。

つまり、蒲原は分離派に2年遅れ、まさにモダニズムに入ろうとする境界線に生きることを運命づけられていたのである。

そんな隙間の時代を象徴するように、自由な造型を主張して、大空に鶴が羽ばたくような建築を残し、あっという間に姿を消してしまったのだ。

分離派の建築は曲線を特色としていたが、この建築は直線だけである。

しかも、直線と直線が鋭く交わる鋭角的な造型である。

こんな鋭角的な造型を残した建築家は古今東西、他にまったく見当たらない。

じつに不思議な感覚である。時代を切り裂くような、明治の分厚い壁を切り裂いて次の時代へと進んでゆく砕氷船のような、感覚を持っていたに違いない。

東京駅はこの刑務所より15年前に竣工しているが、その時、構造を新しい素材鉄筋コンクリートにするか煉瓦造にするか、迷いがあったと言われている。しかし、辰野金吾は、まだ鉄筋コンクリートを信用できず、手慣れた煉瓦造を選んだ。

それから15年。この刑務所は迷わず鉄筋コンクリートで作られた。

すでに完全な「近代建築」なのである。そして鉄筋コンクリートならではの鋭角的な造型がのびのびと表現されている。

東京駅は明治の集大成、小菅刑務所は大正の落し子。

二つの建築は、大正という15年の歳月の始まりと終わりを象徴する建築だとも言える。

分離派的な自由な表現とさらに、鉄筋コンクリートによる幾何学的な造型感覚、モダニズムへと繋がる感覚がそこには大胆に表現されている。

当時の塔に時計が取り付けられるのは珍しいことではない。

しかし、このまるで白鳥の目玉のような時計は相当不思議な感覚である。

ここまでやるか!

かなり大胆なデザインではないだろうか。

この建築が完成したのは、すでに昭和に入っているが、大正時代の、個人ののびのびとした自己表現の意欲が見事に建築化された傑作ではないだろうか。

このあと、昭和の建築は肩肘張った堅苦しいものが支配的になってゆく。

これは、大正時代の精神を表現した最後の建築、大正建築の代表作として貴重な文化遺産なのである。

蒲原が大学を卒業して、司法省に入ったのは23歳、翌年に関東大震災があり、その次の年には着工している。

つまり、この建築の設計に着手したのは、関東大震災の直後、卒業したばかりのまったく未経験の24歳の若者だったのである。

関東大震災という未曾有の大災害のため、やむなく未経験の若者が指名されたのにちがいない。これが蒲原にまたとないチャンスを与えたのであろう。

蒲原は与えられたチャンスをムダにしなかった。最大限の冒険をためらわなかった。未曾有の大災害を絶好のチャンスとしたのである。

正面玄関の、この鋭い切れ込み。窓というにはあまりにも細い。

天を指しているとしか言いようがない。

鉄筋コンクリートという素材の自由な造型の可能性に喜々としてチャレンジしているように見える。

ちょっとした細部にも造型の可能性を試しているように見える。

この建築の工事は受刑者が荷なったという。日本の建築界は鉄筋コンクリートの工事にまだ習熟していたわけではない。鉄筋もコンクリートも型枠もすべてが試行錯誤のなかで進められたに違いない。

しかも、設計者はまったく経験のない初心者。ただし、この当時の東京帝国大学を卒業した学士は今とは比較にならない尊敬を集めていた。

じつに不思議な造型感覚だ。

窓の外の鉄製の格子。鋭角的なジグザグの形はもっとも蒲原らしい造型かもしれない。

蒲原の個性が凝縮して表現された細部デザインといえよう。

白鳥の頭にあたる部分。頭部にトサカのようなものが見える。

後ろに廻ってみる。

たしかに飛び立つ鶴のイメージに違いない。

くちばしのような先端の鋭角的なデザインと、目玉のような時計のとぼけた表現がなんとも絶妙な表情を醸し出しているではないか。

そして、後頭部のガラスのボックス。

建築の機能としては、もちろん刑務所の全体を監視する監視塔なのだが、見方によってこの部分がトサカのように見えるから面白い。

モダニズムの建築を見慣れた目から見て、最も異質なものがこの塔がもっている際立ったモニュメント性であろう。モダニズムの建築が最もきらったもの。強く排除してきたものがこのモニュメントとしての建築である。

機能性と経済性を何よりも重視してきたモダニズムにとって、モニュメンタリティは何よりも排除すべきムダな部分だった。

大正建築はしかし、建築家の個性、個人の内からわき上がる表現の意欲を解放した。そこに様々な個性的な建築が生まれた。

しかし、関東大震災以後の日本は、合理性、経済性が支配的となり、個性的な大正時代ののびのびした個性の発現を一気に圧殺した。

この監視塔は正方形のガラス張りで、この部分だけ取り出してみると、まるでモダニズムそのもののようなガラスのボックスである。

先ほども触れたように、この建築は刑務所に収容されている受刑者の手で作られた。

なんの経験もない受刑者を使って、鉄筋を溶接し、セメント、砂利を練り合わせ、型枠をつくり、足場を立て、これだけの建築を作る、それだけでもすごいことではないだろうか。

日本中のモダニズム建築は、ほとんど50年ほどで、「耐用年数」「耐震性」などの理由をつけて壊されたいるのに、素人が作り上げたこの建築は100年になろうとするのに、毅然として建っているではないか。

 

正方形と鋭角と丸。なんと自在なデザイン。

このあとの時代には決して見られない自由なデザインだ。

ここだけ見れば、間違いなく典型的なモダニズムの建築である。

これだけ正方形を繰り返した建築はまず、ない。

縦に6個、横に10個、16個の正方形。

幾何学が大好きだったル・コルビュジエも驚くほどの幾何学的建築だ。

モダンそのもの。

下から真直ぐ伸びるガラス窓のラインも美しい。まるでキリンのタテガミのようだ。

モダニズムの視点から見ると、この建築が明瞭なシンメトリーで纏められている点がいかにも近代以前の感覚に見える。これだけ強い中心軸をもった、左右対称の建築はバロック建築を想起してしまうようなセンスなのである。それが強いモニュメンタリティを生んでいるのだが。

戦後の建築家でよく塔を建てたのは佐藤武夫。

全国の多数の県庁舎、市庁舎を建てた。そのほとんどに塔があった。

いま現存するものでは大津市庁舎、旭川市庁舎が代表作だ。ともに優美な建築だ。

ここにも、少しだけ塔の面影がある。

佐藤武夫の名前にかけて「サア、塔をたてよう」と笑い飛ばしたのは当時の建築評論家小能林宏城だ。

それ以降、塔という建築要素は消えてしまった。寂しいかぎりである。

塔は、建築が持っていたシンボリズム、モニュメンタリティの表現を託すことのできる重要な部位である。建築家が手にしていた重要な表現手段の一つであった。市民にとっても拠り所、夢を託する拠り所であった。

残念ながら建築家はそれを失って久しい。

 

いま、東京拘置所は建ち代わり、機能本位のなんの夢もないただの巨大なビルになってしまった。

巨大な本館の前に糸杉と並んでかすかに見える白い塔が旧東京拘置所である。

駅からは巨大な新館に圧倒されて、旧館に気がつく人はいなくなってしまった。

 

この建築は、近年までかなり荒れた外壁を晒していた。(『日本の建築[明治大正昭和]』第10巻など)。しかし、その後補修が行われたらしく、薄いブルーの塗装が全体を覆っている。それもかなり風化しており、特に鉄部分の錆が気にかかるが、比較的よく保存されていることは嬉しいかぎりである。

 

2019年9月28日、「第8回 東京拘置所矯正展」が開催され、受刑者が制作した家具、靴などが販売され、多くの一般客が集まった。この時、旧東京拘置所も外側だけだが見学することができるので、一般客に混ざって見学してきた。ここに掲げた写真はその時のものである。毎年行われているので、コロナウィルスが終わっていれば、今年も行われると思われる。外観だけでなく内部も見せてくれると嬉しいのだが。

優れた文化遺産としてのみならず、東京拘置所の受刑者の作品としても、一般に公開されていいのではないだろうか。

 

蒲原重雄はこのほかに、法政大学の松室学長に依頼されて、北軽井沢の法政大学村に多くの別荘を設計している。それも後日紹介したいと思っている。

また、法政大学市ヶ谷校舎にも、「六角校舎」の名前で親しまれた校舎があったが残念ながら今はない。

私は学生時代にこれは見ていたのだが、まさか、後年こんな形で気になるものだとは思わなかった。よく見ておけばよかった。残念ながらこれについてはほとんど資料がない。

 

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コメント: 1
  • #1

    猿山モン吉 (火曜日, 07 7月 2020 22:55)

    先日、広尾の末日イエスキリスト教会(モルモン教)を見て、建築デザインが文京区関口のカテドラル教会(カトリック教)大聖堂(丹下健三)に通ずる偉容と威厳ある美しい建築に小一時間ほど私は釘づけになりました。帰宅後、小菅拘置所の敷地内に残る異形の美しい建築物の存在を思い出し当サイトにアクセスしました。 サイトで施工された時代背景や設計者が夭折したために処女作であり遺作であることを知って、この建物が現存していることに感動しました。閉鎖された空間に密かにある姿は孤高で神々しく、皮肉にも死刑が執行されている敷地内にあることは、まるで墓標のようだ。

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