小堀哲夫の梅光学院大学を見る

梅光学院大学新校舎 設計:小堀哲夫 竣工:2019年3月
梅光学院大学新校舎 設計:小堀哲夫 竣工:2019年3月

〈ROKI〉と〈NICCA INNOVATION CENTER〉と2度のJIA日本建築大賞をとった小堀哲夫の最新作である。

場所は、山口県下関市の郊外。

新学期の開始を前に、2019年3月31日に見学会が行われた。

既存のキャンパスの直交軸と45度曲げた軸を表現して、45度の角度が校舎のデザインに強く表現されている。

梅光学院は、1872(明治5)年創立という歴史と伝統のある、誇り高いミッション・スクールである。もともと女子の中学・高校の教育をになってきたが、1964年には短大を開設、2001年には大学とし男女共学になっている。大学は、文学部とこども学部の2学部、英語教育と海外留学に力を入れている。

しかし、地方の大学は急速な少子化のため、どこも深刻な経営危機に陥っている。もちろん、梅光学院大学も例外ではない。

そこで、5年ほど前、外部から人材を登用し、徹底した改革に乗り出した。その改革の一環として新校舎の建設のため選ばれたのが小堀哲夫である。

いままで校舎やチャペルの設計を荷なってきた一粒社ヴォーリズ建築事務所を避けて、プロポーザルにより、あえて小堀哲夫に賭けたところに経営陣の並々ならぬ決意がうかがえる。

新校舎は、いままでのキャンパスの碁盤目の軸線を否定して、あえて45度の軸にこだわったジグザクとなっている。そこにまず、改革への強い意志を読み取ることができる。

校舎は近隣住民への開放を原則としている。

玄関を入ると真ん中に大きなインフォメーションセンターがある。大学には普通見かけないものだが、全教員、職員が交代で、ここに立つことになり、学生はいつでもなんでも相談できるという。

インフォメーションの横には個別の面談コーナー。

その前には教員のフリーアドレス制のオフィスがあり、教員はここで自由に作業する。教員は自分の研究室を持たず、ここを拠点に活動する。したがって、本や資料などの私物を置く場所はない。学生はいつでもここに来て先生と話をすることができる。

教員の研究室のない大学、大学関係者がもっとも驚くことはここかもしれない。

大学で研究室を無くし、フリーアドレスのオフィスにしてしまったとはそれだけでも驚くべき決断だが、まだまだ驚くのは早い。

ここもやはりフリーアドレスの教員用のオフィスだ。

研究室がなくて研究できるのだろうか。実はいままで4年かけて、全教員、全学生にノートパソコンを与え、全ての情報をパソコンで処理し、クラウドに保存しているという。ノートパソコン1台持っていれば、全ての作業がどこにいてもできるようになっているという。

全教員がその決定に従ったということが驚きだ。まさに働き方改革。

教員オフィスの手前に開放的なカフェ・ライブラリー。ここも作業、会議など自由に使われるという。

ホワイトボードに書かれている「CROSSLIGHT」は校舎の名称「The Learning Station "CROSSLIGHT"」を表している。CROSSは十字架、LIGHTは「大学のモットー(光の子として歩みなさい)を表しているという。

この大学はあくまでミッション・スクール、キリスト教の普及を信条としている。

流し台、シンクなどを備えた、教員用のスタンドコーヒーデスク。軽い打ち合わせ、ミーティングが行われる。奥に見えるのがインフォメーション。

2階へ移動する。これはもっとも大きなスタジオL1と呼んでいる教室。二層分の天井高さがあり、巨大な壁面はスクリーンであり、ホワイトボードでもある。講義はもちろん音楽でもディスカッションでも行える。椅子や机を用途に合わせて自由に配置している。

ここも大きなスタジオL2である。下の写真は3階席から見下ろしたところ。

スタジオの上空を斜めに横切る3階席からスタジオL2を見下ろしている。他の授業を自由に覗くことができる。

すべての教室は開放を原則としており、大きなガラスの壁を通して必ず外から見ることができる。学生はどの授業でも覗くことができ、選択することができる。

この校舎には密閉される部屋は一つもない。すべて開放されている。

少し小さなスタジオ、壁は全てホワイトボード兼用のスクリーンになっており、多数のプロジェクターが常備されており、いつでも投影できる。

デスクはずべて同じ大きさで極めて軽量で、一人用のため移動が簡単。

3階、この学校には専用の廊下というものがなく、あらゆる所が移動のための通路であり、学習の場所でもある。

アクティブスポットと称する多様な場所が至る所に用意されており、学生の自主的な学びの活動を誘発している。

木製の箱がいろんな所に用意されており、椅子としても机としても、自由に使うことができる。

どんな使い方ができるのか、始まってみないとわからない。

学生の居場所をつくることが設計の大きな目標であったという。

いたるところに魅力的なコーナーが用意されている。使い方は学生次第。

全ての壁がスクリーンであり、ホワイトボードである。いたるところに映写機が設置されている。どこでも議論、発表ができる。

一人になれる場所もいろいろと用意されている。

大きな部屋より、数多くの小さなコーナーが用意されている。

たった一人になれる場所もある。

他人を感じる場所もある。

小さなグループの話合いにふさわしいコーナーもある。

少し大きなグループのためのスポット。この学校ではこのようなスポット、スタジオなどあらゆる場所に聖書に由来する名前がついている。例えば、ここはVine。

机の形、椅子の形、その組み合わせはじつに多彩だ。

完全に閉じこもる場所はない。至る所で見る見られる関係が成り立っている。

ロッキング・チェアのあるコーナーもある。

ゆとりのある大きな椅子のあるコーナー。

この学校には全部で365種類の椅子がある。しかもそれらは80人のデザイナーによる作品である。背があるもの、ないもの、木製、プラスチック製、金属製等々実にいろいろなデザインである。とびきり高価な椅子もあれば安価な椅子もある。学生は毎日好きな椅子を選ぶことができる。

全部異なる椅子が用意されたスタジオ。

一つとして同じ椅子がない。学校へ来て椅子を選ぶだけでも楽しい。

異なる椅子は異なる姿勢を促し、異なる発想を導き出すかもしれない。

思わぬ所にスクリーンがあり、こんなところも教室になるかもしれない。

いたるところがホワイト・ボード。どこに書いてもよい。そこが表現の場であり、発表の場である。もちろん遊びの場でもある。

会議室に近いアクティブ・スポット。すべての部屋は開放され、だれでも出入り自由で、見ることも、参加することができる。

大きな階段には小さな椅子が。

どこでも会議室。

外周部はすべてウッドデッキ。

ウッドデッキが全ての部屋を取り巻いている。45度曲げたために屋内の移動はかなり分かりにくい、しかし、外周デッキが全体を取り巻いており、どこからでも出入りができる。

すべての部屋がウッドデッキに開放されている。

ウッドデッキにも魅力的なコーナーがある。

1階エントランスの横にはカフェレストラン。ここにはコーヒーなど各種飲料、食事のほか、ワインも用意されている。

カフェレストランも外部のテラスに開放されている。

レストランの椅子、机は簡単に持ち出せるので、テラスに食堂が伸びている。

1階の教員用のオフィスの近くには、教員一人に一つの書棚が与えられ、ここには教員の自己紹介、研究テーマ、著書、愛読書、興味のある品物、趣味などが紹介されており、だれでも見ることができる。

教員同士も学生も教員の素顔に接することができ、対話を促している。

左端のコーナーには樋口紀子学院長が率先してポートレイトや愛読書を展示している。

学生も教員も親しみを感じること間違いない。

ここを見ると、先生方の改革の本気度がよくうかがえる。

天窓から自然光が取り入れられている。

自然光が降り注ぐ階段室。

改革を率先して牽引している樋口紀子学院長。

この学校を卒業して、世界各国でボランティアを経験。

学院長就任後、入学希望者が急速に増加していると実績をアピール。

改革の顔である。

大学改革に歩調を合わせて、かつてない学校建築に挑戦している小堀哲夫。

〈ROKI〉と〈NICCA INNOVATION CENTER〉で2度の日本建築大賞を獲得したいま注目の建築家。

組織事務所の経験を生かしながらも大胆な攻めの姿勢は人々を挑発し驚かせている。

静かながら、その情熱は圧倒的。

樋口学院長をはじめとする教職員の改革に突き進む使命感は、あたかも大航海時代の宣教師たちを思わせる捨て身の献身的な本気度を感じさせ、驚かされる。建築は、その改革の一翼をになっているにすぎない。

 

小堀のいままでの〈ROKI〉にしても〈NICCA〉にしても、地方の創業者オーナーの改革の強い意志を受け止めて大胆な建築が実現したものだ。

それに引きかえ、ここでは140年の伝統あるミッション・スクール、当然伝統重視の保守的な守りの姿勢が予想されるが、じつは、そこが驚くような改革に突き進んでいる。当然、今までの経営陣、教員、卒業生、父母たちの強い抵抗が予想される。しかし、そこで、行われていたのは、驚くべき改革であった。

 

教え方、学び方を根本から見直す改革であった。基本は学生主体のアクティブラーニングである。

 

その改革を形にした建築、全てが画期的なデザインだ。今までの大学は、教員に特権的な研究室という個室が与えられ、学生には居場所がなかった。この新校舎には教員も、事務員も、学生も閉じこもる閉鎖できる部屋がない。全体がカオスのように流動的である。だれでも至る所に居場所を見つけることができる。

 

この校舎は、今後、全国の大学の改革に多くのヒントを与えるに違いない。

しかし、建築の正否はこの4月から始まる、新学期に教員と学生がこの新しい校舎をいかに受け入れ、使いこなしてくれるかにかかっているといえよう。改革は始まったばかりと言えるのかもしれない。

この学校は〈ROKI〉や〈NICCA〉と比べるとまるで共通点がないように見えるかもしれない。形にとらわれるとそう見えるかもしれない。しかし、その組織がいま必要としているものを根底から考えなおし、従来の建築の型に囚われずに設計を進める方法はいずれにも共通するものである。

小堀の建築から当分目が離せない。

建築:小堀哲夫建築設計事務所

構造・電気・設備:Arup

家具:inter office

施工:清水建設

構造:鉄骨

階数:3階

敷地面積:17,876㎡

建築面積:1,990㎡

延床面積:3,849

■小堀哲夫の作品

〈ROKI〉

 

案内する人

 

宮武先生

(江武大学建築学科の教授、建築史専攻)

 「私が近代建築の筋道を解説します。」

 

東郷さん

(建築家、宮武先生と同級生。)

「私が建築家たちの本音を教えましょう。」

 

恵美ちゃん

(江武大学の文学部の学生。)

「私が日頃抱いている疑問を建築の専門家にぶつけて近代建築の真相に迫ります。」

 

■写真使用可。ただし出典「近代建築の楽しみ」明記のこと。