所沢高層マンション火災の教訓

フォーラスタワー所沢の火災 2016年2月
フォーラスタワー所沢の火災 2016年2月

2016年2月8日午後8時10分、所沢市元町の31階建ての高層マンション、「フォーラスタワー所沢」15階から出火、82平方メートルの住戸を全焼し、5時間50分後の翌9日1時50分ころ鎮火した。

翌朝10時ころもベランダには消防関係者の姿が見えた。

現場は夫婦の二人暮らし、台所で調理中に火から目を離し、コンロの火が近くの紙に燃え移ったという。

ベランダの軒裏は真っ黒に焼けていたが、周りへ延焼することはなかった。

一時は100人が1階ロビーに、130人が近所の所沢旧市庁舎に避難した。突然の避難だったため、パジャマにコートをはおっただけの姿が多かったという。

このマンションは、所沢駅から800メートルの市街地中心部にある。

2000年に建設された31階建て、高さ96.8メートル、住戸344戸の高層マンションである。

当日は、埼玉西部消防局から、はしご車2台をはじめ、24台の消防関係車両が出動、職員75人、100人を超える消防団員が動員された。しかし、はしご車は高さ30メートル、10階までしか消火できないものであった。

そこで、ポンプ車を建物の下にとめ、上の各階に送水できる「連結送水管」にホースをつなぎ送水した。

ところが、消防団員がホースを上層階へ送水する送水口に接続すべきところ、誤って地下の散水用の送水口につないでしまい、しかも、1時間30分もこの誤りに気づかなかった。

当初、消防局は13トンの水が誤って地下2階へ送水されたと発表したが、のちに計算し直したところ、計算に誤りがあったとして地下2階へ送られた水は130トンだったと発表した。この水は敷地内の防火水槽から取水したもので、このため地下2階の天井から散水され続け、約490平方メートルが深さ20センチまで水没し、住人のトランクルーム134室が中身も含めて水びたしになった。

ポンプ車からの水は全て地下2階に送水されたが、マンションの連結送水管にもともとあった水と、16階にある水槽の水約2トンが火災現場に供給されたと考えられている。

後日、消防局は管内では初めての高層ビル火災であったため、消防士が間違えたと説明しマンション監理組合に謝罪したという。

連結送水管は高層建築には設置する義務があるが、現場のマンションの送水管を見ると8個の口があり、どれも送水口と書かれており、どれが高層階用でどれが地下用か、素人にはわからない。火災という緊急時に使うものなので、分かりやすい表示が必要ではないだろうか。

この火災の映像を見て、所沢にこんな高層マンションがあることに驚いた人も少なくない。しかし、所沢では、旧市街地の商店街がシャッター街と化し、ついに次々に高層マンションに建て替えられているのである。

周辺には低層の住宅しかないので、眺望と日照を独占しているが、そのため、高層マンション群の北側の家々は、薄暗い谷底に突き落とされたような感じだ。

蔵や古い店舗を活用して繁栄している川越とは対照的に、蔵や由緒ある店舗をとり壊し、マンションに建て替える道を選んだ所沢は、次第に香港のような高層ビルの林立する街へと変貌しつつあるが、ビル街の北側は、晴天の日中でもうす暗い谷間のような日陰の街になってしまった。

このような度を超した超高層ビルを所沢に建てるのはどう考えても間違っていると思うが、そのうえ今回の火災は高層マンション自身の弱点をさらけ出した訳だ。日照や眺望などの利益を独占しておきながら、高層ビルの消火活動という新たな負担を自治体に求めるという、これも理不尽な話だと思うがどうだろうか。

近くの所沢航空記念公園の中の高台、以前は富士山がよく見える最高のビューポイントだった。しかし、いまでは林立する超高層マンションによって、美しい風景は殺されてしまい、文字通り「殺風景」な景色になってしまった。

火災を起こしたのは、右端のマンションである。

 

この記事は、「東京新聞」「朝日新聞」「埼玉新聞」を参考にした。どういうわけか、「東京新聞」がもっとも正確で詳しかった。

案内する人

 

宮武先生

(江武大学建築学科の教授、建築史専攻)

 「私が近代建築の筋道を解説します。」

 

東郷さん

(建築家、宮武先生と同級生。)

「私が建築家たちの本音を教えましょう。」

 

恵美ちゃん

(江武大学の文学部の学生。)

「私が日頃抱いている疑問を建築の専門家にぶつけて近代建築の真相に迫ります。」

 

■写真使用可。ただし出典「近代建築の楽しみ」明記のこと。