2016年

1月

18日

山口蓬春のアトリエを見る

山口蓬春アトリエ
山口蓬春アトリエ 設計:吉田五十八(1954 昭和28年)

アトリエへの入口

突然アトリエに入る。南側に目一杯開かれたガラス窓に驚かされる。

作業用の机と椅子、絵皿、筆などがそのままの状態で展示されている。

部屋の大きさ一杯に開かれた窓からは、庭の緑が一杯に広がっている。ガラスの戸を右の戸袋の中に引き込むと何もない完全な開口部になる。

コーナーでガラス窓が出会う。柱は離れて外に立っている。こうして開放感が強調されている。

極限まで絞り込んだ細い木製の桟。こんな細い桟を作ることが信じられない。しかも50年以上、そのまま狂いなく使われている。

竹で出来た椅子とテーブル、芯に鉄が入っているとも言われている。

平らな天井に合わせた埋め込みの照明器具。背後の壁に埋め込まれたフラットな収納棚とともに凹凸のない細いラインだけが幾何学的な構成を見せている。

北側に開いた窓。こちらも大きな透明ガラスが使われている。

山口蓬春(1893ー1971)は日本画家、しかも入口の雰囲気から当然「和室」を想像していたが、この部屋、椅子と机の生活スタイル。畳はない。従って、このアトリエは「洋間」である。天井も壁もフラット、床の間もない、和室の要素はない、と思っていたら、縁側と部屋の間に溝がある。たぶん、障子があるにちがいない。壁の中に端部は見えているが、引き出すことはできない。障子が出てくると和室的な雰囲気になるに違いない。

うーん。吉田五十八にとっては、和と洋の区別なぞはどうてもよいのかもしれない。吉田五十八といえば、数寄屋という思い込みが間違いなのかもしれない。これは和洋を超越したモダンな世界なのだ。

このアトリエができたのは、1953(昭和23)年。蓬春60歳、大成し老境に入っていた。ここで78歳で亡くなるまで、18年間作画に励んだことになる。

敷地は海を見下ろす南下がりの傾斜地。

既存建築の西にアトリエ、東南に内玄関と茶の間が、吉田五十八の設計により増築された。

入口の脇に小さな筆洗いのための流しがある。

アトリエと居住部分をつなぐ廊下の天井。

茶の間。

山口蓬春が葉山で売りに出ていた物件を、吉田五十八の助言を得て購入したのは昭和23年(1948)、持っていたドイツ製のカメラ、ライカ一式を売って資金を調達したという。

昭和23年といえば、終戦直後、日本中がまだ食べることが全てという極貧の状態だったが、ライカとこの家が同じ価格だったとは驚きだ。

海へ向かう南向きの斜面という、最高のロケーション。広い庭、その既存家屋に吉田五十八の設計でアトリエを増築し(昭和28、1953年)、さらに茶の間や内玄関を増築して(昭和32、1957年)いった。

茶の間の天井。いよいよ吉田五十八の得意の天井が現れた。

平滑な天井面は欄間を抜けて広縁まで続いている。羽重ねの棹縁天井をやめて、連続する平滑な平面とすることで、開放性と自由を獲得したという。埋め込み照明器具を突っ切って走る細く真直ぐなラインが連続性を強調している。

アトリエにはなかった和室の雰囲気がここに展開した。

山口蓬春と吉田五十八は東京美術学校(東京芸術大学)で同級生であった。

ともに3年間の留年を繰り返し、親交を深め、晩年に至るまで友人として交わった。

信頼して任せきった施主と建築家というより、友人同士の厚い信頼があって生まれた、完成度の高い作品だ。

増築された内玄関。普段はここが出入りに使われていたという。

玄関脇の障子。桟の影が二重線になっている。

障子の桟に込めた職人の超絶のワザ。吉田五十八の無茶な要求に職人が必死で答えたワザの結晶だ。この時代だからできた作品。

内玄関への路地の庇。

アトリエの外側、手摺を見る。

ガラスの外には網戸、雨戸の桟が3本づつあり、その外側にこの手摺がある。

手摺の横木は6段になっているが、その横木の細さを強調するために、上面を湾曲させ、さらに外側に溝を切っている。横木を支える丸い木材には鉄材が入っているとも言われている。

冬の枯れ枝を通してアトリエの外観がよく見える。

軽やかな水平線を強調するためにわざわぜアトリエ部分を宙に浮かせている。

反対に手前の書庫の部分は石垣の上に置き、その差を強調している。

和風というより、まさにモダニズム。「グラスハウス」と言いたくなるような近代建築である。

北側の裏庭から見る。二つの窓を通して南側の庭園が見える。

アトリエのむこうに書庫の入口が出ている。

緑のコケ、白い砂利、黒い敷石。はっきりとしたコントラスト。見事に維持されているのは驚き。

南庭へ続く敷石の路地。

瓦で仕切られた雨落とし。階段の石組み。

 

老境に達した友人の日本画家のために吉田五十八は住宅の購入に際してのアドバイス、アトリエの増築、さらに内玄関と茶室の増築と、こまやかに手をつくしている。終戦直後のなにもモノがない時代に、大工や建具職人の腕を限界まで引き出して、快適な空間を追求している。それは和洋を超越したモダニズムの傑作というべき作品に結実した。

 

吉田五十八については、『建築家・吉田五十八』砂川幸雄(晶文社)が詳しい。

案内する人

 

宮武先生

(江武大学建築学科の教授、建築史専攻)

 「私が近代建築の筋道を解説します。」

 

東郷さん

(建築家、宮武先生と同級生。)

「私が建築家たちの本音を教えましょう。」

 

恵美ちゃん

(江武大学の文学部の学生。)

「私が日頃抱いている疑問を建築の専門家にぶつけて近代建築の真相に迫ります。」

 

■写真使用可。ただし出典「近代建築の楽しみ」明記のこと。