2015年

12月

20日

猪股邸を見に行く

猪股邸 設計:吉田五十八 1967(昭和42)年
猪股邸 設計:吉田五十八 1967(昭和42)年

世田谷区成城の住宅街の中に、生け垣に囲まれてゆったりと佇む猪股邸。

右側にちょっとしたふくらみをもった、左右非対称の門。

松の枝葉を透かして主屋の破風が見える。

『新建築』1969(昭和44)年5月号より
『新建築』1969(昭和44)年5月号より

新築当時、今から46年前の姿。

門や主屋の形は完全に元のまま、庭の松の位置、姿形まで多少茂みが大きくなっただけでまったく元のままの姿が保たれている。

木肌の色だけが大きく変化している。木の肌は外気に晒されると50年ほどでこれだけ変化することがよく分かる。

塀と屋根の入り組んだ構成が面白い。

設計した吉田五十八は1894(明治27)年生まれ、1935(昭和10)年ころには吉田流の和風建築を完成し、新興数寄屋の建築家として名を馳せていた。この猪股邸を設計した1967(昭和42)年には73歳に達しており、これは熟達した巨匠の手慣れた作品である。施工は水沢工務店。

門の天井をのぞくと、柾目板を折り曲げた舟底天井になっており、門が既に吉田流建築になりきっている。

小さな窓のように見えたのは門灯か。

門のふくらみは、内側が待合になっているのがわかる。

手前にくる敷石は茶室へ、向こうへ行く敷石は玄関へと向かう。

玄関へ向かう敷石と茂み。

この敷石は吉田の設計ではないだろう。庭は施主の猪股氏の苦心の作であると吉田は書いている。

玄関前から茶室へ続いている廊下の壁と庇。こちら側は杉のけずり柱の、いく分堅い感じの土庇で表現し、この裏側は茶室の延長の渡り廊下として、北山丸太の柔らかい感じにしなけらばならず、ずいぶん苦心した……さらに、このあたりが日本建築の真正の醍醐味というものかも知れない、と、この住宅を発表した『新建築』誌(1969年5月号)に書いている。

つまり、いま見えているのは、玄関に調子をあわせたかたい雰囲気だが、この裏側の庭に面した方は茶室に合わせた数寄屋調にしなければならず、苦心したが、うまくいったというのだ。

玄関の姿。入口は限りなくシンプルだ。

   配置図
   配置図

東側と北側が道路に面している。東に正門。北に車庫と勝手口がつくられている。門から玄関へのアクセス、玄関、居間、夫人室、和室へと展開し、北側に車庫、物置などサービス諸室が続いている。主な部屋は一直線に並び、南側の大きな庭に向かっている。敷地は1861平方メートル(562坪)。

この住宅はあくまでも住まいとして作られたので、メインの部屋は居間として設計されたが、出来てみると来客が多く、居間は客間になり、夫人室が居間になってしまったそうである。左端部の書斎は後の増築。

玄関横のむしこ窓。鉄筋コンクリートの建築でも繰り返し使われた吉田五十八の得意なデザインである。

玄関からの視線は、低い窓を通して中庭の緑へ、さらに食堂まで伸びているところが面白い。

建具の枠は内側にのみ現れている。外側には枠がない。スッキリした印象はここからもきている。

玄関の踏み込み。玄晶石という石を正方形に整形して45度の角度で敷き詰めてある。四半敷き(しはんじき)という。

閉めても、腰高の障子を通して柔らかい光が差し込む。

枠の見附を最小限にするため斜めに削る工夫が見られる。

玄関の式台は松の幅広板で、床の高さで延びている。低いが、板を支えるものが見えないので、浮いたように見える。ここもスッキリしている。

玄関の正面、壁と窓。最小限の部材で、左右非対称のスッキリした構成に注目したい。

玄関から玄関ホールへ、凹凸のないスッキリした平面が広がっている。

スッキリという表現を繰り返してしまった。しかし、この言葉こそ吉田流建築の本質といえるかもしれない。

照明器具を組み込んだ天井のデザイン。照明器具を下に出さない、これも吉田の得意技のひとつ。

居間には現在は家具が置かれていないので、ちょっと空間の大きさが掴みにくい。

多少和風の気配はあるが、完全な洋間である。本来はここに机と椅子が置かれるはずである。

天井はフラット。床は絨毯敷き。正面は床の間のような長い飾り棚が部屋のポイントになっているが、目に入る要素が非常に少ない。

左が庭に開かれた大きな開口部。右が中庭と食堂に開いている。

庭に開いた大きな開口部。ガラス戸や障子は全部引き込まれて見えない。

障子を出してみる。三間の開口部だから、普通は6枚の障子が入るところ、ここでは4枚しか入っていない。1枚の幅が広いのだ。

吉田は和風建築を近代化することに生涯心血をそそいだが、その核心部分が「線」を減らすことであった。

この部屋は洋間であるが、障子を含めて壁面は和室の要素でまとめてある。

正面の右半分が坪庭、左が食堂に続いている。

左側は床の間のような飾り棚。

中庭を囲む居間と食堂。

中庭を囲む建具は、障子、ガラス戸、網戸であるが、それぞれ3枚ずつ、全部引き込んで大きく開くために、それぞれ3本のレールが用意されている。

このため、敷居の幅が非常に広くなる。吉田は開放的な部屋を造るために、このような装置に徹底した工夫を凝らした。

建具も敷居もすべて木製である。吉田は腕のよい大工を自在に使いこなした。

しかし、はじめのうちは、大工とは戦いだったという。

一番内側の障子だけが柱に当たるようになっている。

鴨居の溝の数も大変なものだ。

天井の照明器具の周りの溝は空調の吸い込み口になっている。

のちに居間になってしまったという夫人室。ここも洋間。ここが最も洋間の要素が強いかもしれない。

タンス室の四角い窓は絵のように庭を切り取っている。ピクチャウィンドウ。

和室はシンプルな床の間が見せ場。長押(ナゲシ)が右半分でとまっている。

南側は障子と欄間がほとんど同じような間隔の桟で統一されている。要素を減らして、シンプルな構成にしたかったのだろうか。

縁側の向こうに庭の緑が広がっている。

空調の吹き出し口は、細かい縦の格子で隠されている。この裏に空調機が置かれている。

低い明かり取り。照明器具が組み込まれているので、夜はここにあかりがともる。

すっきりとした床の間。

床框(とこがまち)の細い隙間は空調の吸い込み口になっている。機械設備を和風デザインの中にさりげなく融合するのは吉田五十八の得意技のひとつ。

梅の花のかたちをデザインした照明器具。

畳を敷いた幅広の縁側。

のちに増築された洋間の書斎。吉田のお弟子さんが設計した。建具を全部引き込んだ開放的な窓。主屋にはこのような出隅のある部屋はなかった。

書斎の窓から見ると、和室、夫人室、居間の開口部が一直線につらなっている。

外観はあくまでも和風に収まっている。長い軒と庇の二段構えになって、重厚な表現になっている。木のサッシュが使われたのはこの住宅が最後だと言われている。

増築された書斎だけが飛び出して、開放的なコーナーを作り出している。書斎は洋間ではあるが、深い庇で日差しを防ぐ、和室的な外観となっている。

この家全体が、和風の外観でまとめられているが、中では洋風の生活を受け入れていたということである。

風呂場の舟底天井。

コンパクトな浴槽。

風呂場の木製の窓ガラス戸。手の込んだコーナーの丸みの加工。

居間の靴脱ぎ石。

茶室へ抜ける露地。

茶室。

 

この住宅は70歳をすぎた吉田五十八が手慣れた手法で、力まずにまとめた作品である。外観は和風だが、内部はほとんどが洋間なので、新興数寄屋の名手としての面白さはあまり見られないような気がするが、門、玄関まわり、開口部の工夫など、吉田建築の特徴はよく発揮されている。

 

吉田五十八は、幼少期から祖母につれられて、芝居など芸事に入り浸りという生い立ちから、和風の建築には精通していた。しかし、近代の建築教育を受けて、近代建築に足を踏み入れて選んだ道が、和風建築の近代化というものであった。その核心部分が線の省略である。

住宅をはじめ、料亭、劇場、美術館、ホテルと、実に幅広く多彩な活躍をしたが、その設計の姿勢にはブレがなかった。

 

当初は、在来工法にしがみつく大工と命がけの戦いをとおして、吉田流を確立したと言われているが、料亭や旅館などが吉田流を熱烈に要求するようになり、猪股邸をつくったこのころになると、大工が吉田を神様のように崇拝するまでになっていた。したがって、ここでは、新規な試みもなく、張りつめたような緊張感はないが、落ち着いた大人の雰囲気が漂っている。

 

猪股邸は遺族から世田谷区に寄贈され、現在、せたがやトラスト協会によってよく管理されており、公開されて自由に見学できる。

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コメント: 4
  • #1

    大湾 節子 (金曜日, 11 11月 2016 02:51)

    こんにちは。
    ロス・アンジェルスに在住の大湾です。

    2016年10月、久しぶりに帰国しました。
    到着して次の日、一番に行きたかった『猪俣庭園』を訪れました。

    ガイドの方の案内で、細部の細部まで工夫された建築に驚きました。
    シンプルの中に格式のある、そして心休まる造りに、一瞬時の流れるのを忘れました。

    ロス・アンジェルスに戻ってから早速この庭園を検索したところ、こちらのブログにたどり着きました。
    専門的、かつ分かりやすい文章で、とても読みがいがあります。

    再度日本を訪れることがあったら、是非もう一度訪ねてみたい庭園のひとつになりました。

  • #2

    小川格 (金曜日, 11 11月 2016 05:38)

    ロサンゼルスからご覧いただきありがとうございました。猪股邸は公開されている和風住宅として最高の作品だと思います。伝統的な佇まいの中に近代的なセンスを感じさせる吉田五十八の特徴がよくわかります。季節によって趣が変わりますので、ぜひまたご覧ください。西武新宿線中井駅の近くにある林芙美子邸も併せてご覧になるといいと思います。

  • #3

    大湾 節子 (土曜日, 12 11月 2016 03:52)

    ご丁寧なお返信、ありがとうございました。
    建築のことはまったく素人でわからないのですが、その私から見ても、猪俣庭園は最高の所だとわかりました。
    建築家の年輪とお人柄がわかるような、控え目でかつ洗練された建築物に、いつまでもそこにいたような空間が造られていて、感激いたしました。

    お部屋に置かれていた季節折々に撮った写真も拝見いたしました。
    四季それぞれの美しさが出た庭園は格別でした。

    世界各地を歩きましたが、庭園付きの小さな美術館が好きです。
    この猪俣庭園もサイズといい、趣きといい、私の大好きな庭園の1つになりました。

    私が訪れた時は、ちょうど誰も人がいなくて、奥の書斎に座って、時の流れるのを静かに経験することができました。
    ガイドの方の説明が聞きたくて、午後まで待っておりましたが、専門家でない私が見逃した建築の工夫をいくつも説明してくださいました。

    次回、訪日するチャンスがありましたら、林芙美子邸も是非訪れて見ます。
    こちらのサイトで検索して見ます。

    数枚ですが、ブログに猪俣庭園の写真を載せる準備をしております。
    お時間がございます時に、ご笑覧ください。

    http://ameblo.jp/romantictravel

  • #4

    大湾 節子 (木曜日, 15 12月 2016 08:09)

    こんにちは。
    ロス・アンジェルスの大湾です。
    なにも考えることなく心休まる日というのは1年に1日あるかどうかです。

    10月、猪俣庭園を訪れ、奥の洋間の書斎に置かれている円形のソファーに腰掛け、大きく開け広げられた窓から庭園を眺めました。
    ほんの一瞬でしたが、心がとても休まりました。

    静寂な空間の中に、いまなお息をしている自分。

    長い道程が思い起こされ、いままで出会った人々に対して素直に感謝の念が出てきました。

    10月、短い滞在でしたが『世田谷巡り』をいたしました。
    その中でも一番印象が深かったのが、猪俣庭園です。
    来年も機会があれば、是非もう一度訪れたいと願っています。

    『私の世田谷』と題して、庭園の写真をブログに載せております。
    お時間がございます時にご笑覧ください。
    http://ameblo.jp/romantictravel

案内する人

 

宮武先生

(江武大学建築学科の教授、建築史専攻)

 「私が近代建築の筋道を解説します。」

 

東郷さん

(建築家、宮武先生と同級生。)

「私が建築家たちの本音を教えましょう。」

 

恵美ちゃん

(江武大学の文学部の学生。)

「私が日頃抱いている疑問を建築の専門家にぶつけて近代建築の真相に迫ります。」

 

■写真使用可。ただし出典「近代建築の楽しみ」明記のこと。