ドイツを歩く−2:ベルリン(ただいま工事中)

ベルリンを象徴するブランデンブルク門。

戦いのたびに争奪の中心となったシンボルの中のシンボル。

門の完成後最初に凱旋したのがナポレオン(1806)。

ヒットラーの突撃隊SAが行進し(1933)、

進撃したソ連軍がこの上に赤旗をかかげ(1945)、

ベルリンの壁で東ドイツ側に囲い込まれ(1961)、

そして、ドイツ再統一の象徴になった(1990)。

いま青空の下、自由に往来できるこの門は、非常に多くの痛ましい犠牲のうえにやっと手に入れた平和で自由なドイツの象徴なのだ。

ギリシャ神殿のファサードをそのまま門にしてしまった不思議なこの建築は、歴史の荒波に洗われながら、奇跡的に生き残った建築である。

鉄十字をかしの葉のリースで囲みその上に鷲をあしらったプロイセン・ドイツを象徴する杖。その杖をもつ女神をのせた四頭立ての馬車:クアドリーガ。

ナポレオンがパリへ奪い去り、それを取り返してまたここに、と歴史の荒波に飲み込まれ、死線をくぐりながら生き返った馬車。

ベルリンはシンボルの好きな都市らしいが、その中でもこれがもっとも強力なシンボルだ。

広大な庭園ティアガルテンの中心に立っている勝利の塔ジーゲスゾイレ。その先端に立つ勝利の女神ヴィクトリア。

ドイツが強大な近代国家となるために戦った数々の戦争の勝利を祝って立てられた塔の先端に立つ女神。

これもクアドリーガに負けずにベルリンを象徴するシンボルだ。

ブランデンブルク門から銀座通りならぬウンターデンリンデンを旧ベルリン宮殿まで歩く。ベルリンの心臓部だ。

ところが、至る所で配管が露出し、工事中で見られたもんじゃない。

考えてみれば、ベルリンの心臓部は東ベルリンとなり45年間、戦争で破壊されたまま復旧が遅れていたのだ。統一後25年、いままさに復興工事の真っ最中だった。

ウンターデンリンデンの東の端。彫刻に飾られたシュロス橋。

こここそベルリンの中心部。橋の向こうに見える屋上に彫刻を並べたピンク色の建築が旧武器庫、現在の歴史博物館。

ベルリン子の大好きな建築彫刻がこれでもか、と並んでいる。

シュロス橋には両側面に8体の大理石の彫刻が並んでいるが、これはまさに戦士を励ます勝利の女神。

菩提樹の並木道ウンターデンリンデンを見通し、その先にブランデンブルク門、その向こうに勝利の女神像がかすかに見える。タワークレーンが林立して、このあたりが今まさに再建工事中であることを示している。

ベルリン大聖堂。本来教会の持っている精神性より権力を誇示する力強さが前面にでている建築だ。

ここにも、これでもか、と言わんばかりにシンボルの彫刻が林立している。

このあたりも第二次世界大戦の空爆により徹底的に破壊され、一面に瓦礫の山になっていたらしい。いま、ベルリン宮殿の再建現場。左端にちょっと見えるコンクリートの壁が建設中のベルリン宮殿の躯体。

コンクリートの壁面にこのような装飾のパーツを貼付けてゆく。細部の装飾がつぎつぎに復元されている。

寸分たがわず再建しようとしているが、その躯体は鉄筋コンクリートだ。

そういえば、日本でも、各地で再建されたお城は、ほとんど鉄筋コンクリートだったよなあ。

旧武器庫。現在歴史博物館。

フンボルト大学の図書館。ここの窓からナチスによって反ドイツ的とされた大量の本が投げ出され、この庭に積み上げて焼かれた。ナチスによる焚書である。

さすがに、大学の建築には穏やか彫刻が並んでいる。学問や芸術を表現しているのだろうか。

おなじ建築の角の部分。

新衛兵所ノイエ・ヴァッヘ。初めは宮殿に向かう衛兵の駐屯する施設としてつくられたが、今はドイツ連邦政府の戦没者に対する追悼施設となっている。

ギリシャ神殿の正面が使われている。柱には装飾要素の少ない重量感のあるドーリス式の柱が6本、両側の壁体に挟まれて少し苦しそうに立っている。建築家カール・フリードリッヒ・シンケルの初期の代表作。

天井の中央に丸い天窓があるのみ。あとは平坦な石の壁で囲まれている。

「新衛兵所」がテッセノウにより「無名戦士の廟」に改造されたのが1931年。そのとき、中庭だったこの部分に屋根がかけられ、丸い天窓ができた。

1933年にここを訪れた谷口吉郎は、正面の壁に架けられた木の十字架を目撃している。さらに床の中央には黒い四角い石、その上に銀のかしわの葉の花輪が置かれていたらしい。

寒い冬の日、天窓から雪が降り注いで、銀の花輪にふりかかる光景は世にも美しいものに見えたと、谷口は書いている(『雪あかり日記』)。

いまそこには女性の彫刻家ケーテ・コルヴィッツ(1867〜1945)による彫刻「ピエタ」が置かれている。死んだ息子を抱いて悲しむ母親を表現している。コルヴィッツ自身息子を第一次世界大戦でなくしており、一貫して貧しい人々、戦争に苦しむ人々を版画や彫刻に表現し続けた。

現在ここは国の戦没者追悼記念施設になっているが、宗教的な要素を一切関与させず、だれでも来られるようになったいるところに注目したい。

芝生の広場を前にして旧博物館が建つ。いわゆる博物館島の始まり。この奥に次々と博物館が続く。すべての博物館をここに集めようとした。しかし、このあたり全部が東ドイツになったしまったため、戦後長いあいだ、これらはなかかな見られなかったという。

いまベルリン宮殿の再建をアピールするためのフンボルト・ボックスという仮設の建築ができているのでその屋上からこんな写真が撮れる。

イオニア式のギリシャ神殿の柱を18本林立させた、建築家シンケルの最高傑作と言われている。昔からモノクロームの写真だけで見ていたので、実物を前にしてカラフルな壁面に違和感を覚えてしまう。

イオニア式の柱は意外に細く軽快である。カラフルな壁面といい、ギリシャ神殿の模倣から始まったシンケルの古典主義もここまでくるともはや独自の世界だ。

旧ナショナル・ギャラリー。18〜20世紀の近代の絵画、彫刻がここに揃っている。外観はギリシャ神殿そのもの。しかも高い台座の上に建っているので、一段と象徴性を強調しており、ちょっと入りにくい。

博物館島の突き当たり、ペルガモン博物館のバビロニアのイシュタール門。ドイツ考古学の成果をこれ見よがしに展示している。たしかに見事なものであるが、これはここにあっていいのだろうか?と疑問が頭をよぎる。

ミトレスの市場門。

アッシリアのレリーフはいずれも見事なものであったが、中でもこの獲物を運ぶ男は最高の傑作ではないだろうか。レリーフの極致。

ペルガモン博物館は実に見応えがあったが、最大の見せ場「ゼウスの大祭壇」が修理中で見ることができなかった。残念!

ドイツ連邦議会議事堂ライヒスターク(1894)。ナチスが台頭した1933年ここが放火され炎上。共産党が放火したとして大弾圧が始まった。あの議事堂がこれだ。ヒットラーが権力を握るきっかけになった。

前の広場には、大勢の市民がのびのびと遊ぶ姿があった。どこかの国のようにいかめしく近寄りがたいのと対照的だ。

復元されたガラスのドームは、透明性、公開性を宣言しているのだろうか。

近寄るとさすがになかなか威厳がある。ギリシャ神殿風の玄関だ。

第二次世界大戦の最終局面、ソ連はベルリンになだれ込み、この議事堂の屋上に赤軍兵士が赤旗を立てた。ナチス・ドイツの崩壊を象徴する写真だった。

エレベーターで屋上にあがるとガラスのドームが目の前に現れた。

ここは、申し込みが面倒なので、見学をあきらめていたが、ベルリン在住の若い友人K君が予約を入れてくれたので、簡単に入ることができた。

入場には、さすがに、空港並みにパスポートや所持品の厳格な検査があった。

ドームは、イギリスの建築家ノーマン・フォスターの設計。完全に観光客のための公開の施設としてつくられたものであった。

入場者数を制限しているので、入ってしまえばゆっくりと見学できる。

ドームのガラスに沿って、登りと下り専用の二重螺旋のスロープが回っている。

じつに軽快なつくりだ。登りながらベルリンの全体をながめることができる。ティアガルテンの大きな森も、ウンターデンリンデンも眼下に一望できる。

明るく、透明感に充ちている。

設計したのは、イギリス人建築家だが、かつての石のドームをガラスで再建するという大胆な方針は長い議論の末に決定したものだという。

スロープを支えている構造はじつに簡単なものであった。

ドームの中心には大きな穴が開いていた。旧衛兵所の天窓を意識したものではないだろうか。それは遠くローマのパンテオンにまで通じるデザインにちがいない。

よく見ると議場が見えるような見えないような…。

リングの周りには、議事堂の歴史、ベルリンの歴史を写真で示している。ベルリンではいたるところで過去の写真を展示し、歴史を再確認しようとしている。

登りと下りのスロープの到着点がわかる。

下まで降りて来て、さて、出口を出ようと、後ろを振り返るとなんとそこに議場があった。これが国会議事堂なのだ。なんとあっけらかんとした議場であることか。

メルケル首相もこのあたりで見かけるという。

 カイザー・ヴィルヘルム記念教会。空襲で破壊されたままの姿をモニュメントとして残している。日本の原爆ドームと同じ役割を果たしている。しかし、こちらは繁華街のなかに太い道路に挟まれ、ポツンと取り残されたといった雰囲気なので、戦争の悲惨さをとどめたといっても、なんだか慌ただしすぎるんだよなあ。

虐殺されたユダヤ人の追悼施設。数多くの追悼施設の一つ。ベルリンにはいたるところにこんな追悼のモニュメントがある。

ベルリン中央駅。ベルリンには珍しい完全なモダニズムの建築。

このガラスの量。庇も壁も全てガラスだ。これだけのガラスの清掃はいったいどうするんだろう、と余計な心配をしてしまう。

ガラスの大きな壁面を支持するガラスと細い鉄線。普通ならかなり太い鉄材が支えるところだが。あくまでも透明感にこだわっている。

ドイツの鉄道は、基本的に改札口がない。プラットホームまでだれでも行ける。改札は列車の中だけになっている。だから駅舎の中はじつにオープンだ。

直交する線路を大きく覆った屋根。鮮やかな色の列車が駅舎の中に入ってきた。ダイナミックな動きを見せる設計だ。この中にカフェ、レストラン、デパートなどが沢山入っている。

ホームを覆う緩やかなガラスのドーム。

ヨーロッパの駅、とくに都市の中央駅は、このようにホーム全体を覆うドラマチックな空間を作ろうとしてきた。駅がドラマの出発点であることを彼らは大切にしているのだ。日本は東京駅でさえ、ホームはわびしい指し掛け屋根でしかない。せめてご自慢の新幹線くらいこんな駅にできないのかなあ。

 

ベルリンでは、当地在住の若い建築家K君とビールを飲みながら、有益な話を聞くことができた。K君はベルリンの設計事務所に勤務しているが、奥さんを呼び寄せて、最近出産したばかり。ドイツでは育児支援が徹底しており、安心して子育てができるという。24歳までは教育も病院もすべて無料らしい。

また、かれは、旧東ベルリン地区に住んでおり、若い人は物価の安い東が人気があるという。たしかに彼の住むそのあたりは、静かで、落ち着いた町並みであった。K君は下記のようにベルリンの最新情報を書いているので、興味のある人はご覧ください。

http://www.hosei-archi-ob.sakura.ne.jp/berlin/berlin_report.html

案内する人

 

宮武先生

(江武大学建築学科の教授、建築史専攻)

 「私が近代建築の筋道を解説します。」

 

東郷さん

(建築家、宮武先生と同級生。)

「私が建築家たちの本音を教えましょう。」

 

恵美ちゃん

(江武大学の文学部の学生。)

「私が日頃抱いている疑問を建築の専門家にぶつけて近代建築の真相に迫ります。」

 

■写真使用可。ただし出典「近代建築の楽しみ」明記のこと。

 

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