お茶の水を歩く

お茶の水「聖橋(ひじりばし)」設計:山田守 1927(昭和2) 
お茶の水「聖橋(ひじりばし)」設計:山田守 1927(昭和2) 

「ここは、いつ見ても本当にきれいですね。東京で一番好きな景色です」

恵美ちゃんはお茶の水橋の欄干からカメラをつき出して写真を撮りながらやや興奮気味に叫んでいる。

「そうだね。ここは、東京で一番ダイナミックな景観だし、聖橋がその景観を一段とひき立てているんだ」と東郷さん。

「江戸時代に徳川家康に命じられて、仙台の伊達政宗が大変な苦労をして掘ったといわれているんです」宮武先生が説明する。

「えーっ、この川は人工の川なんですか?」

「そうだよ。江戸の水を確保するために、井の頭公園の水を引いてきた神田川という川なんだよ。ここは、江戸城の守りのために特に大きく切り開いたんです」

「じゃあ、この風景は江戸時代にできたんですか?」

「でも、そこに橋をかけたのは、関東大震災のあと、山田守の設計でアーチの連続したデザインが実現したからなんだ」

「こんな大胆なデザインの橋は他には見たことがありません」

「そうだね。山田守は、幾何学の好きなモダニズムとは違って、珍しく曲線の好きな表現派の建築家なんだ」

「珍しく建築家がデザインした橋です」

「いままで何気なく見ていましたけど、大切な橋なんですね」

「世界中の大都市の中でも珍しいダイナミックな景色だと思います」

お茶の水案内図
お茶の水案内図

宮武先生「今日は、JRのお茶の水駅から出発して、湯島聖堂、ニコライ堂、ソラシティ、新お茶の水ビル、アテネフランセ、お茶の水スクエア、南洋堂、学士会館、最後にパレスサイドビル、と見て行きましょう」

恵美ちゃん「随分いろいろあるんですね」

東郷さん「戦前のものから、現代まで、いろんな建築があるなあ。これは楽しみだ」

「これは、ほんとに代表的なものだけなんです。本当はまだまだ見せたいものがあるんですけどね」

恵美ちゃん「あれ、これは聖橋(ひじりばし)の一部じゃないですか」

宮武先生「そうなんです。聖橋は川だけでなく、道路もまたいでいるんです」

恵美ちゃん「アーチの下をくぐるのはなんだか楽しいですね」

東郷さん「これだけでも都市の魅力がぐんと高まっているよね」

恵美ちゃん「この聖橋という名前の由来はなんですか」

宮武先生「この橋は片方に湯島聖堂、もう一方にニコライ堂があるでしょう。ニコライ堂の本当の名前は東京復興大聖堂というんです。つまりこの橋は二つの聖堂を繋いでいるというわけなんですよ」

恵美ちゃん「あー、そうなんですか。それは知らなかったなあ」

恵美ちゃん「この塀も特徴がありますね。電車の窓から見えますよね」

宮武先生「そうです。これが湯島聖堂なんです」

恵美ちゃん「湯島聖堂って、こんなに近かったんですか」

湯島聖堂 設計:伊東忠太 1935(昭和10) 
湯島聖堂 設計:伊東忠太 1935(昭和10) 

宮武先生「ここは、もともと江戸時代にできた林羅山という儒学者の私塾だったんです。五代将軍綱吉が儒学を奨励して、ここを幕府公認の学問所にしてから発展し幕末まで続いたんです。明治維新のあと、東京大学などの大学の始まりに大きな役割を果たしたんですよ」

恵美ちゃん「では、これは、江戸時代の建物なんですか?」

宮武先生「いやいや、これは、鉄筋コンクリート。関東大震災で焼けてしまったので、ほとんど鉄筋コンクリートで建て直したんです。面白いのは、その時、設計を依頼されたのが、伊東忠太だったことなんです。伊東忠太は最初に建築史をはじめた研究者だったんですが、設計もうまかったんです」

恵美ちゃん「あっ。築地本願寺や一橋大学の兼松講堂を設計した人でしょう」

宮武先生「よく思い出しました。そうなんです。なんでもこなす、じつに多才な建築家だったんです」

恵美ちゃん「あっ、伊東忠太は動物を付けるのが得意なんですよね」

東郷さん「伊東忠太は、どこにでも動物をつけるなあ。しかも、空想上の動物がよくでてくる。これは、伊東忠太の個人的な趣味だよね」

宮武先生「これが出来たとき、伊東忠太は、忠実に再建したけど、少し支那趣味が強く出たと語っているんです」

恵美ちゃん「屋根の端っこにも、しゃちほこのかわりに不思議な魚がついていますね。かわいいなあ」

恵美ちゃん「この銅像はだれですか?」

宮武先生「孔子(こうし)の像です。江戸時代にここで教えた儒学というのは、孔子という人の言葉を弟子がまとめた論語という本をもとにした学問なんです。それが江戸時代の幕府公認の学問だったんです。子どもたちも寺子屋で、まず、論語を暗唱させられたんです。だから孔子は当時の日本人の大先生だったんです」

宮武先生「学んで思わざれば即ちくらし、思うて学ばざれば即ちあやうし」

東郷さん「友あり遠方より来たる、また、楽しからずや」

恵美ちゃん「あら、あら、お年寄りはよくご存知なんですね」

恵美ちゃん「へーっ、江戸時代は、中国が日本の先生だったんですか」

宮武先生「そうです。道徳も哲学も医学も美術も全て昔の中国がお手本だったんです。でも、それで飽き足らない人がでてきて、オランダの学問を学ぶ蘭学、日本の古来の学問を復興しようとした国学などが出て来て、幕末の維新につながって行くわけです。」

恵美ちゃん「街の中にしては、ずいぶん静かな場所ですね」

宮武先生「今でもここでは、論語の購読会などがつづいていますよ」

東郷さん「論語を愛読している人はまだ沢山いるみたいだね。日本人にはまだまだ論語が体に染み付いている。なにしろ江戸時代200年間徹底的に刷り込まれたからなあ。」

宮武先生「ここが学校の中心なんです。」

恵美ちゃん「なんだか、威厳がありますね。」

恵美ちゃん「誰でも入れるんですか?」

東郷さん「いまは、いつでも開いているよ。」

恵美ちゃん「すごい。堂々としています。」

東郷さん「まったく自在なデザインだ。」

東郷さん「ここのシャチホコも伊東忠太の創作だなあ。」

恵美ちゃん「こんなデザインをする建築家は他にいないんじゃないですか?」

宮武先生「基本を押さえているから、少々空想的な怪獣をくっつけても平気なんですね。ほかの人にはこんなことは、絶対にできません。」

恵美ちゃん「ここは、厳粛な雰囲気が漂っていますね。」

恵美ちゃん「ここはお寺みたいですね」

東郷さん「お寺のようだけど、ちょっと違う。不思議な建築だ」

宮武先生「学校の中心が大成殿という、この建物になっています」

恵美ちゃん「たしかに不思議なしゃちほこですね」

東郷さん「こんな屋根は他では見たことがない。これも伊東忠太のオリジナルデザインだと思うよ」

宮武先生「これが西門です」

宮武先生「湯島聖堂の歴史が手っ取り早く書いてあります」

ニコライ堂(東京復活大聖堂) 設計:ジョサイア・コンドル、改修:岡田信一郎
ニコライ堂(東京復活大聖堂) 設計:ジョサイア・コンドル、改修:岡田信一郎

東郷さん「おーっ。いよいよもう一つの聖堂、ニコライ堂にやってきた。さっきは中国、こんどはロシアか。なんだか不思議な縁だなあ」

恵美ちゃん「ドームがきれいですね。とってもいい形」

宮武先生「ニコライ堂は最初に出来たのは、明治24年、ジョサイア・コンドルの設計だったんだけど、関東大震災でドームが落ちてしまったんですよ。そこで、岡田信一郎が再建の設計をしたんですが、ドームの足元を強化して、以前より高くしたんです。だから昔の写真と比べると随分印象が違います」

恵美ちゃん「岡田信一郎というのは、たしか歌舞伎座とか明治生命を設計した人ですよね。なんでもできる人だったんですね」

宮武先生「やはり、お茶の水という街のランドマークになっていますね。近代建築では、どうしても、こういう誰にでも愛されるモニュメントにならないんです」

恵美ちゃん「今はなんでもできると思いますけど、どうしてできないのですか?」

宮武先生「近代建築は、合理性、経済性の追求が基本だから、こういう遊びがどうしてもできないんです」

東郷さん「やればできるけど、わざとらしい、つまらないものになってしまうんだよね。こういう真剣に遊びのある建築をつくることができないんだ」

東郷さん「技術を尽くして、真剣に形を追求しているところに感動もあるんだろうなあ」

恵美ちゃん「ロシア正教のお寺はタマネギの形をすぐ連想しちゃいますけど、たしかにタマネギがありますね」

宮武先生「岡田信一郎が設計した部分なんですが、上から降りてくる屋根の先端がどうも気になってしょうがないんですよ。というのは、あれは、江戸時代の寺院建築にもよく似たところがあるんですよ。」

恵美ちゃん「えーっ、本当ですか?」

宮武先生「これは、上野の寛永寺の唐門の屋根なんだけど、この上から垂れてくる部分、ニコライ堂と似ていませんか?」

恵美ちゃん「うん、似てる、本当に似てる。ニコライ堂と唐門が似てるなんて面白いですね。」

宮武先生「ロシアにはこんな形はないので、たぶん、岡田信一郎が江戸時代の寺院の屋根とロシア正教を融合させたんだよね」

東郷さん「すごいことやるなあ。なにしろ岡田信一郎は歌舞伎座に大きな唐破風を作った人だからなあ」

恵美ちゃん「うーん。高層建築に埋もれて可愛そう。」

東郷さん「残念だなあ。」

宮武先生「これが聖堂の正面です。」

恵美ちゃん「可愛いですね。」

恵美ちゃん「奇麗ですね。」

東郷さん「ここまでは、入れるけど、残念ながら中の写真は撮れない。」

恵美ちゃん「意外と狭いんですね。」

新お茶の水ビル 設計:郭茂林 
新お茶の水ビル 設計:郭茂林 

恵美ちゃん「これは普通の高層ビルみたいですけど」

東郷さん「そうだね。だけど、ちょっと見所があるから見て行こう」

宮武先生「ここには日販という大手の書籍取り次ぎの本社が入っていますね」

東郷さん「だけど見せたいのは、まず玄関ロビーだよ」

東郷さん「ブルーデルの弓を引くヘラクレスがあるんだ」

恵美ちゃん「あら、ロダンに似ているわ」

東郷さん「そうだね。ロダンの弟子ブルーデルの代表作だ」

宮武先生「こういう立派な作品を惜しげもなく見せてくれるのはいいなあ」

東郷さん「さすが、お茶の水の駅前、文化の街神田だね。恵美ちゃんも待ち合わせはこういう所がいいよ」

恵美ちゃん「考えとくわ」

東郷さん「じつは、このビルの見所はこの奥のオープンガーデンなんだ」

東郷さん「高層ビルの足元に公開の空地をつくるという考え方をとっても忠実に実現した庭なんだ」

恵美ちゃん「とっても居心地のよさそうな中庭ですね」

宮武先生「高層ビルはどんどんできますけど、快適な広場はめったにありません。ここは成功した例ですね」

東郷さん「JRや地下鉄への近道にもなっているので、いつも人がいっぱいなんだ」

宮武先生「高層ビルと広場、ル・コルビュジエが提唱した近代建築の原則のはずですよね。でも、成功した例は少ないと思います」

恵美ちゃん「私は知りませんでした。ここは素晴らしいですね」

ソラシティ 設計施工:大成建設
ソラシティ 設計施工:大成建設

東郷さん「ここも、駅前に最近できた高層ビルなんだ」

宮武先生「以前は日立製作所の本社ビルがあったところですね」

恵美ちゃん「この辺り大きなビルがどんどんできて、驚いているんです」

宮武先生「大きなビルだから、大勢の人が働いているはずですが、人影がありませんね」

 

東郷さん「そのかわり、地下がなかなかいい場所になっているんだ」

宮武先生「先ほどのビルの地下広場の考え方をもっと大きくしたみたいですね」

恵美ちゃん「本当にいい感じですね。お天気がよければ、とっても楽しい場所になりそうです」

宮武先生「地階を地域の人に開放したわけです」

恵美ちゃん「お茶の水周辺がものすごく変わってきましたね」

東郷さん「ビルのスケールが大きすぎて異様だけど、足元は悪くないなあ」

アテネフランセ 設計:吉阪隆正 1962(昭和37)年
アテネフランセ 設計:吉阪隆正 1962(昭和37)年

恵美ちゃん「ずいぶん派手な建築ですね」

東郷さん「こんな派手な建築よく造ったもんだ」

宮武先生「そうですね。色が派手だし、形も普通じゃないですよね」

恵美ちゃん「いったい何の建築なんですか」

宮武先生「学校、フランス語の学校なんです」

東郷さん「コルビュジエに憧れて、ここでフランス語を勉強した人は多いよ」

宮武先生「設計したのは、吉阪隆正、お父さんが国際連盟の職員だったから子どものときからスイスで育ったり、早稲田大学の助教授のときにコルビュジエに弟子入りしたり、破天荒な人だったんです」

恵美ちゃん「近代建築というのは、もっと四角で白いイメージがあるんですけど」

東郷さん「吉阪隆正が弟子入りしたときは、コルビュジエはもう四角で白い近代建築を卒業して曲線を使った自由な建築をつくり始めていたんだ」

恵美ちゃん「それにしてもピンク色と紫色、すごい色ですね」

東郷さん「初めは驚いたけど、だんだんなれてきたねえ。もうここにこれがないとさみしいよ。風景の一部になってしまった」

恵美ちゃん「大きなコンクリートの壁ですけど、圧迫感はないですね」

東郷さん「これが打ち放しのままだったら、強すぎただろうね」

恵美ちゃん「一面についていた模様はアルファベットなんですね」

宮武先生「アテネフランセの文字を散りばめたものです」

恵美ちゃん「コンクリートの面がデコボコしてますね」

東郷さん「型枠がベニヤ板や鉄板ではなく、木材を組み合わせたものだから、手仕事のあとが残っているんだ」

恵美ちゃん「なんだか良い味わいがありますね」

東郷さん「打ち放しコンクリートにペンキという安い仕上げだけど、ちょっと手を加えることで、逆にいい効果を出しているんだよね」

恵美ちゃん「このあたりの独特な形がいいですね」

宮武先生「建築のシンボル性を取り戻しています。街に色と形で個性的な特徴を作り出している。モダニズムが忘れていたものなんですよね」

宮武先生「よく見ないと気がつきませんが、避雷針に楽しいものがあるんですよ」

恵美ちゃん「あーら、フクロウだわ」

宮武先生「そうですね。智恵の神さま。フクロウがてっぺんについてますね。ちょっとしたいたずらですけど、いいですね」

南洋堂書店 設計:土岐新 1980(昭和55)
南洋堂書店 設計:土岐新 1980(昭和55)

宮武先生「ここが南洋堂、建築関係の専門の本屋さんです」

恵美ちゃん「建築関係だけでそんなに本があるんですか?」

東郷さん「建築関係者でここを知らない人はいないよ」

宮武先生「建築関係の研究者でここのお世話にならなかった人はいないと思う」

恵美ちゃん「そんなにすごいんですか」

宮武先生「最近は外国からくるお客さんも多いみたいですよ」

恵美ちゃん「わーっ、すごいですね。2階まで本がいっぱい。これみんな建築関係なんですか」

宮武先生「もともと古本屋さんだったので、古い本でなかなか手に入りにくい本を探すときにもとっても便利なんです。頼んでおけば必ず見つけ出してくれる」

東郷さん「南洋堂はネット上の書店もやっているので、全国の人が利用していると思うよ」

恵美ちゃん「あーら、難しい専門書だけでなく、入門書やガイドブックなんかもあるんですね」

宮武先生「店員さんが建築関係の本のことを実によく知っているから、相談すればなんでも見つけてくれるのがありがたいんですよ」

恵美ちゃん「じゃあ、こんどゆっくり探しにこよう」

学士会館 設計:高橋貞太郎 1928(昭和3)年
学士会館 設計:高橋貞太郎 1928(昭和3)年

恵美ちゃん「学士会館てよく聞くんですけど、何をするところなんですか?」

宮武先生「学士というのは、昔は大学を卒業した人、とくに、戦前は帝国大学を卒業した人を学士と言って、尊敬されていたんです」

東郷さん「今は、だれでも大学へ行く時代になったからなあ」

宮武先生「ここは、その学士たちが集まって親交を深めるためのクラブハウスなんです」

恵美ちゃん「たしか、私のお友達でここで結婚式を挙げた人がいました」

東郷さん「よく見てごらん、窓割が上ほど細かくなっていたり、コーナーが丸くなっていたり、なかなか味わい深い建築だろ」

恵美ちゃん「柔らかそうで、暖かい感じがします。私は好きです」

宮武先生「それが、近代建築が失ってしまったものですね」

恵美ちゃん「あっ、一番上の窓には可愛いバルコニーがついてます。しかも、窓二つに一つの丸いバルコニー」

宮武先生「最上階の窓はアーチ型で、しかも装飾的なバルコニーがついている。高橋貞太郎という建築家はこういうバランスの取り方が実にうまいですね。日本橋の高島屋が同じ人の設計なんですよ」

恵美ちゃん「あら、そういえば、なんだか似ているみたいですね」

東郷さん「コーナーにつけた避雷針もうまく装飾にして、この建築のシンボルにしてるね」

恵美ちゃん「とっても効果的だと思います」

東郷さん「玄関入口のアーチも堂々として大きくて、いかにもここが正面だ、と主張しているよね。モダニズムの建築は、これができない。だから、今の建築はどこから入ればいいのか分からないのが多いんだよなあ」

恵美ちゃん「そうなんですよ。入口を探してウロウロすることがあるんです」

宮武先生「玄関アーチのキーストンの位置に装飾的な銘板が入っています。こういうのも、いまの建築にできないことですね」

恵美ちゃん「分かりやすくていいですね」

東郷さん「アーチの内側の装飾だね。モダニズムはこの装飾というやつを徹底的に排除したからなあ」

恵美ちゃん「でも、この装飾のために入口廻りがとってもリッチになってると思いますけど」

宮武先生「モダニズムのスタートで、装飾は犯罪だ、という人が出て来たんですよ。それがすごくかっこ良かったんですね」

東郷さん「我々は、いまだにこの言葉に縛られているのかもしれないなあ」

宮武先生「玄関の天井と照明です」

東郷さん「フラットな天井とか、間接照明とか、モダニズムはインテリアでも徹底的にこの装飾性を排除してきたんだよなあ」

恵美ちゃん「私は、こういう雰囲気が好きです」

恵美ちゃん「まるでステンドグラスみたいですね」

東郷さん「さりげなくやってるけど、うまい」

宮武先生「結婚式などの会場です。これから立式のパーティが始まるところです」

恵美ちゃん「いかにも格式の高い部屋ですね」

 

東郷さん「こういう建築はやっぱり大切に残してほしいなあ。これが無くなると、近代建築を考える材料がなくなってしまうからなあ」

宮武先生「こういう建築はもう二度とできませんからねえ」

パレルサイドビル 1966(昭和41)年 設計:日建設計(担当:林昌二)
パレルサイドビル 1966(昭和41)年 設計:日建設計(担当:林昌二)

東郷さん「ついに来ました。これが日本の戦後近代建築の一つの到達点といってもいいんじゃないかなあ」

宮武先生「そうですねえ、戦後の試行錯誤の末に到達した、独自の成熟した作品と言ってもいいんじゃないでしょうか」

恵美ちゃん「皇居のお壕に面したすごく良い場所に建ってますね」

恵美ちゃん「白くて丸い不思議なタワーがありますけど」

東郷さん「エレベーターとトイレなどをまとめてこのタワーに入れたので、オフィススペースが純粋にオフィスとして使えるようになっているんだ」

宮武先生「ここには、リーダースダイジェルトという有名なビルがあったんです。それを取り壊して造ったので、よけいに気合いが入っているかもしれません」

恵美ちゃん「ガラス窓の前にいろんなものがついていますけど」

東郷さん「アルミでできた日除けなんだよ。タテに通っているのは、雨樋。一層ごとに離れて、雨を受けている。雨樋は普通は隠すものだけど、ここでは、表に露出してこれ見よがしにデザインしている」

恵美ちゃん「毎日新聞て書いてあります」

東郷さん「ここには、毎日新聞の本社が入っているから、地下には大きな印刷機が入っているんだ。ただのオフィスビルじゃない」

宮武先生「ここから見ると、日除けと雨樋がファサードのアクセントになっていることがわかるでしょう」

恵美ちゃん「ガラスが大きい。窓というよりガラスの壁?」

東郷さん「足元から天井までガラスという相当大胆な設計なんだ」

宮武先生「1966年、戦後20年でここまで来た。今からちょうど50年前です。モダニズムの追求してきた目標がある意味で達成されたといっていいと思います」

東郷さん「俺は学生時代だったけど、ちょっと驚いたねえ」

東郷さん「あそこを見てごらん。アルミの日除けが窓に影を落としているでしょ。きょうは4月14日、えーと今13時28分だから、この季節、この時間帯の効果がよくわかるよね」

恵美ちゃん「夕方にはだんだん陽が傾いてもっと日差しが入るし、夏になると太陽が高くなるから影が大きくなるというわけですね」

宮武先生「内側にベネチアンブラインドを架けている窓もあるところを見ると、かなり効いてはいるけど、完全ではないということでしょうね」

 

東郷さん「これは、先日、雨の日に撮った写真だけど、雨樋の効果が分かりやすいだろう」

恵美ちゃん「ああ、こうなっているんですか??。よく分かりました。これならゴミがつまっても取りやすいでしょうね」

恵美ちゃん「さっきの学士会館と比べると、これは、なんだか建築というより機械みたいですね」

宮武先生「ル・コルビュジエは”住宅は住むための機械”と表現したので有名ですけど、これは、正に機械になった建築と言っていいんじゃないかなあ。目的のためにまっすぐに近代的な材料を駆使して問題を解決している」

恵美ちゃん「ビスの頭を隠さずに、逆に装飾みたいに使っていますね」

東郷さん「ここが玄関だ。モダニズム建築には珍しく大げさな玄関だ。とっても分かりやすい入口だよね」

恵美ちゃん「本当に分かりやすい玄関ですね。近代建築では珍しいんじゃないですか?」

恵美ちゃん「わーっ。傘の骨みたい」

東郷さん「構造を露出して装飾にしている。近代建築の装飾はこれだよ、と主張しているみたいでしょ」

恵美ちゃん「あーっ、そうですか、これが近代建築の装飾なんですか」

宮武先生「こういう行き方を構造表現主義なんていいますけどね」

宮武先生「1階と2階が商店街になっている。真ん中の廊下が広いから、まるで街のような感じです」

恵美ちゃん「ほんとに広いですね。吹き抜けだし」

恵美ちゃん「わーっ。すごい階段。いかにもテツだぞーって感じ」

東郷さん「そうだね。ここは大勢の人が移動する階段なのに、想いっきり軽快なデザインになっている。しかも商店街の真ん中にこれ見よがしに造っている。明らかにここで勝負しているんだろうなあ」

宮武先生「普通なら石、コンクリートが思い浮かぶところが、あえて軽快な鉄のデザインにしたところに設計者の強い想いがよく出ていると思います」

恵美ちゃん「すごいデザインですね」

宮武先生「この設計者、林昌二という人は、子どもの頃、飛行機に憧れていたと言っていますが、ここに飛行機への憧れがよくでていると思いませんか」

恵美ちゃん「あーっ、そうなんですか。飛行機を目指しているんですか。なんだか分かったような気がします」

東郷さん「戦争中に少年期を送った人は飛行機に憧れた人が多いんだよね。ほとんどの少年が軍国少年だったから、ものつくりに行った人は飛行機に憧れていた人が多いんだ」

恵美ちゃん「そうなんですか。飛行少年が建築家になって実現したのがこの階段だったんですね。面白いですね」

東郷さん「それにしても、よくできていると思うなあ」

宮武先生「もう一つの玄関です」

東郷さん「こちらはコンクリートと石の堂々とした階段だよね。前のと全然違うよね」

恵美ちゃん「ほんとに違いますね」

東郷さん「大理石を貼ってあるし、木の手摺もあるし、すごく普通だよね」

東郷さん「大理石と木、だけど普通とは言えないなあ。相当くせのあるデザインだぞ。並々ならぬ腕前だ」

東郷さん「この手摺もなかなかのもんだなあ」

恵美ちゃん「大きいし、安心して掴まれます」

宮武先生「さっき見た丸いタワーの中です。エレベーターがぐるっと取り巻いているでしょ。この外側にトイレが取り巻いているんです」

東郷さん「建物の両側に二本のタワーを立てて、その中にエレベーターとトイレを集めてしまったというわけだ」

恵美ちゃん「ずいぶん分かりやすいビルですね。これなら迷うことはないでしょうね」

恵美ちゃん「このビルは、遠くから見たことはあるんですけど、よく見ると面白い発見がいっぱいありました。とっても面白かったです」

東郷さん「モダニズムのビルにしては、見せ場がたくさんあったよね」

宮武先生「日建設計の林昌二は、一作ごとに挑戦を続けたところがすごいですね。銀座の三愛ドリームセンター(1962)から、このパレスサイドビル(1966)、ポーラ五反田ビル(1971)、中野サンプラザ(1973)と次々に話題作を発表して目を見張るような活躍だったんです」

東郷さん「日建設計は日本最大の組織事務所だけど、その中で、個人の建築家が個性的に活躍する状況を切り開いたのがこの林昌二だよね」

 

恵美ちゃん「きょうは、御茶ノ水から始めて、ここまで見てきましたけど、とっても楽しかったです」

東郷さん「なかなか力作が揃っていたなあ。時代的にも幅があるし、建築家も多彩だった」

宮武先生「この地域には、まだまだ見ておきたい建築があるんですけど、今日は代表作だけを拾って歩きました。歴史のある地域なので、意外なものがありますよ。歩くのが楽しい街なんです。ぜひぶらぶら歩いてくださいね」

案内する人

 

宮武先生

(江武大学建築学科の教授、建築史専攻)

 「私が近代建築の筋道を解説します。」

 

東郷さん

(建築家、宮武先生と同級生。)

「私が建築家たちの本音を教えましょう。」

 

恵美ちゃん

(江武大学の文学部の学生。)

「私が日頃抱いている疑問を建築の専門家にぶつけて近代建築の真相に迫ります。」

 

■写真使用可。ただし出典「近代建築の楽しみ」明記のこと。

 

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