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土門拳記念館

設計:谷口吉生

竣工:1983年

山形県酒田市飯盛山2−13

 

戦後の日本を撮り続けたカメラマン土門拳は故郷・酒田市に全作品を寄贈し、市は日本で初めての写真美術館を建てることになった。

病の床にあった土門拳は、弟子たちに設計は谷口という建築家に頼みなさいと言い残していた。

土門が知っていたのは谷口吉郎だったかもしれない。しかし、すでに吉郎は亡くなっており、設計は子息の谷口吉生が引き受けることになった。

 

谷口吉生にとって、父吉郎亡き後、本格的に取り組むことになった最初の大きなプロジェクトだった。

敷地は、最上川の河岸にある飯盛山の山裾。水田を埋めて人工の池を作る予定地だった。

建築は背後の山に埋め込まれ、同時に池に面して大きく開放されることになった。

 

この建築にとって、目の前に広がる水との関係が極めて重要な要素になっている。

 

白いボリュームとグレーの構造体、じっと眺めていると、それは、「土門拳」の「門」の形に見えてくる。

 

山を背にして、豊かな敷地にのびのびと展開する建築は恵まれた環境を存分に生かして建っている。

 

豊かな自然の中に広がる幾何学的な建築が展開している。

 

入口のゲートである。これも「門」という字に見えてくる。

 

建築に接近する、まさに「門」そのものである。

門の4本の柱の1本がフェンスとなって伸びている。

 

玄関まで来て、「門」を振り返る。

伸びてきたフェンスがアプローチまで導いてくれる。

 

玄関の庇と扉、コールテン鋼、錆びてその存在感を示す特殊な鉄だ。

そう、金沢市玉川図書館で大々的に使われていた材料だ。

 

玄関を入ると正面の壁には、グラフィックデザイナーの亀倉雄策による印象的な銘板が目に入る。

 

玄関から展示室に向かうホールか、中庭に向かって小さな溜まりの空間がある。

沢山の丸い穴のある壁が展示室との間を遮っている。

 

小さなホールを見返す。

どんな空間も蔑ろにすることなく、美しく整えられている。

 

水の流れる中庭「水の庭」の向こうに見える壁は、廊下と中庭を遮る壁だが、窓の幅が右から左へ次第に広がる不思議なリズムを見せてくれる。

 

玄関前の壁の裏側。

土門拳の作品、仏像の手が大きく掲げられている。

 

展示室へ向かうエントランスロビー。

 

ロビーから、ごく自然に展示空間へと導かれてゆく。

 

廊下と「水の庭」を遮る壁、窓の大きさが次第に大きく、そして明るくなってゆくのが感じられる。

自然に奥へと導かれるのだ。

 

彫刻家のイサム・ノグチと共に作り上げた「水の庭」

 

「水の庭」は階段状に下がってゆく、水が流れ落ちて、池に流れ込んでゆく。

中程に「土門さん」と名付けたイサム・ノグチの彫刻作品が立っている。

 

少しずつ下がってゆく「水の庭」、小さな段が落ちる水を感じさせたくれる。

 

「水の庭」と池を隔てるゲート。

 

ゲートの上に出ると「水の庭」の向こうにエントランスホール、玄関、そしてアプローチの関係がわかる。

 

池に向かってひらけた休憩のコーナー。

 

明るい池に向かって開いた「土門拳記念室」。

展示の鑑賞に疲れた目を癒してくれる。

 

池には水鳥も飛来する、緑豊かな大きな景色が広がっている。

 

この展示室には裏の山に向かった大きな窓が開いている。

 

裏庭は、勅使河原宏によって設計された「枯山水の庭」。

飯盛山につながる斜面を利用して、石、クマザサやヤナギを取り入れたに奥行きのある庭になっている。

 

土門拳の写真を展示した展示室。

 

昭和の時代を映し取った写真が十分に鑑賞できる。

 

晩年には、仏像の撮影に取り組んでいた。

 

米軍によって占領されていた東京を記録している。

 

広島では原爆ドームの前で水泳を楽しむ子供達が記録されている。

 

展示室には豊かな空間が用意されている。

 

谷口吉生は、慶應義塾の機械科を卒業している。

日本では、建築の教育を受けていない。父谷口吉郎の下僚清家清のアドバイスによって渡米、いきなりハーバード大学の大学院で建築の勉強をしている。

帰国後、丹下健三の事務所に入っているが、父親とはなかなかしっくりと意思疎通ができていなかったように見える。

 

金沢市の玉川図書館では、父親と一緒に取り組んでいても、まるきり父親とは異なる設計を押し通し、まだ、父親に対して反抗しているような姿勢が感じられる。

 

死期の近づいた父に寄り添って初めて父をを見直したのだろうか。

作風が一変する。

 

この作品には、すでに大家の風貌さえ感じられるような気がする。

力みが取れて、素直に、余裕を持って設計に臨んでいるような感じである。

この後の谷口吉生の快進撃がここから始まる。

この頃の谷口吉生をパートナーとして支えていたのが、高宮眞介である。

 

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コメント: 2
  • #1

    momo (火曜日, 10 2月 2026 23:58)

    水辺の外観を見ると、安藤忠雄の「水の教会」を少し思い出します。どちらもシンプルな幾何学的な建物ですが、建材は少し違うようですね。

  • #2

    kakuji (日曜日, 29 3月 2026 18:56)

    土門拳の作品集で室生寺の写真を見て二度三度行って来ました。自然にそのまんまを切り取った写真 そのまんまに対話して設計していく作品その佇まいが自然体になっている。ピクチャーウインドウの枯山水が...ですヨ 語らず物語る。自己主張も無くすごく感動しています。こんな作品を紹介してくれた小川各さんに感謝!

案内する人

 

宮武先生

(江武大学建築学科の教授、建築史専攻)

 「私が近代建築の筋道を解説します。」

 

東郷さん

(建築家、宮武先生と同級生。)

「私が建築家たちの本音を教えましょう。」

 

恵美ちゃん

(江武大学の文学部の学生。)

「私が日頃抱いている疑問を建築の専門家にぶつけて近代建築の真相に迫ります。」

 

■写真使用可。ただし出典「近代建築の楽しみ」明記のこと。