設計:谷口吉郎
竣工:1962年
東京都渋谷区鶯谷町10-15
JR渋谷駅から徒歩10分ほどのところにあるお寺。
普通にイメージするお寺とはちょっと違うので戸惑うが、入り口が興味深い。
入り口が奥まっているので、ちょっと入りにくいかもしれない。
でもここを登って、どんどん進んでゆく。
しかし、中に入ってみると、鉄筋コンクリートのピロティで支えられた立派な回廊が取り囲む広い中庭があった。
そう、お寺といっても見事な近代建築なのだ。
回廊を支える柱は角を切り込んで、陰影を強調している。こんな回廊が延々と217mも続いている。
講堂の前あたりの石畳。回廊はこのようにいくつもの建築をつなぐ廊下としても機能している。
回廊は、池のなかに浮かぶ六角形の神聖な霊堂を取り囲んでいる。
回廊は、途切れ途切れに続いている。そのため、リズムが生まれ、変化があって、飽きさせない。
2本セットになった梁の先端が陰影をつけ、長い廊下にリズムを与えている。
講堂前のピロティと乱石貼りの敷石。
渋いバランスが美しい。
鐘もあります。お寺ですから。
講堂の奥の壁面。
ボーダータイルという細いタイルが貼ってある。
これが谷口のいつも変わらぬ壁面の仕上げである。
前川國男は、タイルの剥落を恐れて、大変な試行錯誤を重ねて「打ち込みタイル」という技術を開発したが、高価で技術も難しい、それに対して谷口は、タイルを庇の下に用いて、雨を防いだ。
前川は、雨の少ない西洋建築を直輸入したため、大変な努力と多額のコストをかけたが、日本の風土を知り尽くしている谷口は、庇で壁面を保護している。
講堂の窓とその下のピロティ。
タテ長のサッシの連続、谷口の造形センスが光る。
繊細な窓の連続サッシは、深い庇に守られている。
これが、前川國男と決定的に異なるところである。
谷口のタテ長窓の連続というデザイン、どうしてもドイツの建築家シンケルの影響を感じさせる。
講堂とピロティのある廊下が中庭を取り囲んでいる。
オープンな廊下に囲まれた中庭は、開放的であると同時に、和風の囲われた静かな世界を作り出している。
整然と並んだタテ長の窓のサッシ、そして、講堂へ向かってまっすぐに伸びる敷石の列。
全てが整然と整えられた、美しいバランス感覚。
いかにも谷口吉郎らしい静かに整った世界がある。
深い庇に守られた無限に並んだ窓のサッシの列。
整然と2段に分かれて並んだ白い窓。
講堂の中から見ると、また違った表情が見て取れる。
白い半透明のガラス、透明なガラス、色のついた厚みのあるガラス、などが、角度をつけてギザギザに整列している。
なんと手の込んだガラス窓か。
普通の近代建築なら、ガラスのカーテンウォールとして、単純なサッシュで覆うだけのところだ。
外から見える効果と内側の効果を考え抜いた、非常に興味深い窓になっている。
半透明のガラス、色ガラス、透明ガラスを組み合わせた、なんとも興味深い窓だった。
柱の列が窓から3メートルほど下がっているため、ガラスが完全に自由にデザインできたことがわかる。
これが講堂の内部。
天井を見て欲しい。
勾配のある屋根の裏側がそのまま天井になっている。
前川國男が絶対にやらない勾配のある屋根。それは、コルビュジエがやらないから。日本は雨が多いので、勾配のある屋根が正解、と谷口は考えた。
金沢に育った谷口は、雨の多い日本の建築は、勾配のある屋根が必要だと確信していたのだ。
ここでは、勾配のある屋根、そして天井を実に美しくデザインしている。
中央のトップライトは、一段と高い小屋根が覆っている。
細い梁が斜線を描いて、天井に美しい陰影を作っている。
天井の様子。意外にほっそりとした梁が屋根を支えており、梁の間を木の天井が埋めている。
中央の太い梁の上からトップライトが光を注いでいる。
明るく、しかし、静かな空気が満ちている。
ゴシック建築のカテドラルを思わせる、身廊、側廊の関係ができている。
そう思ってみると、この窓は、ステンドグラスになっていることがわかる。
近代建築なのだが、ゴシック建築を思わせており、しかもあくまでも日本的な空間になっている。
祭壇の様子。
階段の壁画。
大谷石に掘り込んだモザイク。
いろんな芸術家を巻き込んで作品を取り込んでいるが、ここでは海老原喜之助の作品、1階の床から2階の天井まで続く大きな作品が、講堂へ向かって階段を登る信者たちをを迎えてくれる。
大人や子供の手が入り乱れて、たくさんの合掌を図案化している。
近代建築には珍しい寺院建築。
日本的な表現を貫きながら、ヨーロッパのカテドラルを感じさせ、しかも近代建築の手法を駆使している。
なんとも、微妙なバランス感覚が見事に美しい寺院を実現させている。
谷口吉郎の代表作の一つである。
文中で、たびたび前川國男を引き合いに出した。
谷口と前川は東京大学で同じ年に学んだ同級生であり、同じ時代に競って活躍したライバルであった。
二人はほとんど交流がないように見えるが、作品を比較してみると、非常に対照的な作品を通して、互いに強く意識していたに違いないと思われてくるのだ。
ここでも前川と比較することにより、二人の違い、特徴を浮き上がらせてみた。
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#乗泉寺
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