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市民が守った宮城県美術館・佐藤忠良記念館

宮城県美術館  設計:前川國男  1981(昭和56)年 宮城県仙台市

佐藤忠良記念館 設計:大宇根弘司 1990(平成2)年  宮城県仙台市

広場へ出ると、すぐに出迎えてくれるのは、巨大な彫刻作品。ヘンリー・ムーアの「スピンドル・ピース」だ。

すごい重量感だ。

美術館に近づいて行くと、白い四角形の柱が入り口へ導いてくれるように立ち並んでいる。

建築に向かって並んでいる、白い柱。

建築の一部のような、彫刻のような。

四角の柱は、この建築に合わせて制作された、イスラエルの彫刻家ダニ・カラヴァンの彫刻作品「マアヤン」である。

マアヤンは単なる柱の林立ではない、足元の水の流れと合わせて設計されている。

しかも、四角柱の最後の1本は、建築の梁を支える柱となっている。

建築と一体化し、さらに広場と一体化した実に珍しい作品だ。

前川の建築が自己完結的な静的なところを、動的で未完成の彫刻で挑発しているように見える。

入り口に近づくと、右手に広場が広がる。広場の向こうはカフェ。

正面が美術館の入り口。右手の広場を挟んで、ワークショップのための部屋や講堂がある。

小さなヴォールト天井の連続が入り口に向かって連続している。

入り口を入ると大きなホールに出る。

2階へ上がる階段が大きなアクセントになっている。

右てまえにはミュージアムショップなどがある。

階段を上ると企画展の展覧会会場になる。

この日は展示がないので、上に上がれない。

外壁のタイルは実に微妙な色合いのタイルが混ぜて貼られている。

今までの前川建築の打ち込みタイルとは色も形も大分印象が異なる。

工場で打ち込みタイルのブロックを作ってここで組み立てたようだ。

実にスマートでオシャレだ。

この壁面はこの美術館の特徴になっている。

右側が本館、左側が佐藤忠良記念館。

佐藤忠良は日本を代表する彫刻家だが、宮城県の出身、ほとんどの時間を東京杉並のアトリエで過ごしたが、晩年になって、故郷に全作品を寄贈した。

宮城県は、その展示のために、宮城県美術館に隣接した展示場を建設した。

設計を担当したのは、美術館の設計を前川の下で担当した大宇根弘司。

この彫刻が記念館の目印。

記念館の入り口は宮城県美術館と同じ表情を持っているので、一見、理解しにくいが、美術館と溶け合って、抵抗なく入って行くことができる。

入り口を飾る佐藤忠良作「若い女」

表側は、美術館と区別できないほど同じ表情であったが、中へ入ると、まるで異なる表情を見せている。

細かく折れ曲がったガラスの壁面が風景を乱反射して、全く異なる表情を見せている。前川建築には決して出てこない壁面だ。

彫刻がある中庭

フェルナンド・ボテロ作「猫」

この人は人でも動物でも太っちょが好きだ。

思わず微笑んでしまうユーモアをたたえている。

美術館と佐藤忠良記念館に挟まれた狭い広場。

全く異なる素材、デザインに挟まれて、変化のある魅力的な中庭になっている。

トム・オタネス「蛙とロボット」

ハリー・フラナガン「野兎と鉄兜」

いつの間にかこの中庭は「アリスの中庭」と呼バレるようになった。

黒川晃彦「馬上のあの人」

裏庭に出ると、遠く街が見える。美術館の裏庭の先は広瀬川。

佐藤忠良記念館の裏側。

裏庭の池から美術館を振り返る。

宮城県美術館と、併設された佐藤忠良記念館。

 

記念館の曲線と「アリスの庭」を挟んで白っぽい屋根が美術館の本館、右手前の四角い中庭を挟んでワークショップや講堂がある。

上部には、裏庭を挟んで広瀬川がすぐ後ろに流れているのがわかる。

 

豊かな環境と一体になった広場、建築、彫刻、と全体を楽しめる見事な美術館である。

併設された佐藤忠良記念館は、美術館と一体になって、ますますその魅力を増している。

 

 ところが・・・・・

 2019年11月16日、「河北新報」朝刊の第1面に、県民会館と美術館を集約して新たに、駅の東側に新築する「東北最大の芸術文化拠点」構想が発表された。

 

 これを見た市民が驚いた。

宮城県美術館は、建設後、まだ40年しか経っていない。

佐藤忠良記念館に至っては、まだ30年である。

何よりも、この美術館の建設のために長年努力した人々が驚いた。

学者から、美術家、美術愛好家、市民と情報は走り、直ちに「要望書」「署名活動」「アリスの庭クラブ」の活動が始まり、「アリスの庭クラブ通信」5000部が発行された。もちろん建築家団体も動いた。

 

しかし、何と言っても最も熱心に活動を担ったのは市民だった。

美術愛好者が集まるカフェ&ギャラリー「ガレ」は署名活動の拠点となった。

トークイベント「宮城県美術館の話をしよう!」

「宮城県美術館のここが好き」毎週土曜日11:30にアリスの庭のボテロのネコの前に集合。通算25回行われた。野外彫刻を撮影し、雑談するだけだったが。

「宮城県美ネット」が設立され諸活動を統合する大組織が生まれた。

県内各所で「出前講座」が始まった。たちまち県内17箇所で開催され、仙台から離れた地域の人々にとってこの美術館がいかに大切かが示された。

センダイメディテークでシンポジウム「まちの記憶を育てる-宮城県美術館が紡いできたもの」開催。

 

2020年11月16日

「河北新報」【速報】が「宮城県美術館 移転断念」県決定、現地保存へ、と伝えた。

 

なんと、ちょうど一年目に、市民たちの活動は成果を収めたのである。

全国的に見ても稀にみる素晴らしい成果である。

 

前川建築だから残ったのではない。

活動に参加した市民のほとんどは、前川國男を知らなかった。

しかし、この活動を通して、改めてこの美術館の価値を認識し、その大切さを身に染みて感じたのである。

 

この運動の中心として活動した西大立目祥子さんは「最初の署名活動はカフェで始まり、この会の方針はいつも雑談の中で決まった。自由闊達な人と人のつながりの間から運動は沸き起こる。この確信を、1年以上にわたりいっしょに汗を流したみんなと分かちあい、伝えたい。」と書いている。

 

機会があったら、ぜひ、宮城県美術館と佐藤忠良記念館を体験することをお勧めします。

 

(参考図書)

『みんなでまもった美術館』

発行・編著:宮城県美術館の現地存続を求める県民ネットワーク

2021年6月30日

 

案内する人

 

宮武先生

(江武大学建築学科の教授、建築史専攻)

 「私が近代建築の筋道を解説します。」

 

東郷さん

(建築家、宮武先生と同級生。)

「私が建築家たちの本音を教えましょう。」

 

恵美ちゃん

(江武大学の文学部の学生。)

「私が日頃抱いている疑問を建築の専門家にぶつけて近代建築の真相に迫ります。」

 

■写真使用可。ただし出典「近代建築の楽しみ」明記のこと。