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紀尾井清堂

「紀尾井清堂」設計:内藤廣 竣工:2021年7月

 

赤坂見附から紀尾井坂を登って約10分。

右側に不思議な建築が現れる。

一辺15メートルのコンクリートの立方体が、ガラスに包まれて、空中に浮いている。

コンクリートの壁から階段が突き出している。不思議な階段だ。

ガラスは近代建築で大活躍する素材だが、あくまでも「窓」として、室内に多くの光線を取り入れて、室内を明るくするのが目的だった。

あるいは、大きなガラス窓を通して、室内から大きな風景を楽しむことが近代建築になって人類が初めて体験する新鮮な経験だった。

 

しかし、ここでは、ガラスは窓ではない。窓のないコンクリートの箱を軽く包んで保護しているだけ。ガラスのこんな使い方は誰も見たことがない、のではないだろうか。

この建築を依頼したのは、一般社団法人倫理研究会、設計は建築家 内藤廣。

「使い方は出来てから考えるので、思ったように造ってください」と言われた。

目的のない建築、こんな頼まれ方をした建築家はまずいない。

 

当然建築家は、戸惑う。

要求は多く、予算は少ない、のが普通。

なのに、ここでは、要求はなく、予算は潤沢。

内藤は考えた。そして出した結論は「パンテオンのような、常識に縛られない、魂を揺さぶられるようなものを作ろう」

パンテオンとは、古代ローマの汎神殿。巨大な球形の神殿だ。

 

出来た建築は、2階から5階まで4つのフロアが吹き抜けの大きな空間。窓はなく、光はトップライトからとる。この大きな箱を四本の柱で支える。

その結果、宙に浮いたコンクリートの立方体が出来た。

打ち放しのコンクリートを風雨から守るため、ガラスで覆った。

 

目的がないのなら、建築家のいままでの経験と技術の粋を極めた建築になる。

建築家にとってこんな幸せなことはない。

コンクリートは打ち放し、ガラスはDPG工法という、枠のない、ガラスのコーナーを支えるだけの、極めて透明感のあるガラス壁になった。

ガラス板同士は隙間があり、空気は通り抜けている。

しかし、風や雨が直接コンクリートの壁に当たることはない。

 

ガラス板同士はこんな隙間がある。

ガラスの厚さは3センチメートル。

入り口は道路から少し下がる。

中に入ると暗い。

しかし、少し目が慣れてくると、大きなコンクリートの天井をたった4本の柱が支えているのがわかる。

真ん中に置いてあるのは、「木の根っこ」それだけ。

これは、「奇跡の一本松の根」だ。

 

あの3.11の東日本を襲った大地震とそれに伴う大津波に襲われ、岩手県陸前高田の海岸を覆っていた7万本の松林は一瞬にして流され、たった一本残った松が「奇跡の一本松」と言われた。

 

せっかく生き残った松だったが、しばらくして海水に根を浸されて枯れてしまった。その後多くの人たちの努力で、その姿のまま現地に再生保存されたが、

その根を掘り起こしたものがこれだ。

柱は下部は四角、上部は六角。そのため柱はねじれ、奇妙な形になっている。

しかもそのねじれた面は打放しコンクリートが剥き出しで、肌が荒々しい。

型枠の木材の肌、目地のはみ出しなど、荒さを丁寧に、表現して、極めて力強い柱を見せつけている。

一見荒っぽくみえるが、非常に手のこんだつくりだ。

部屋の奥にこれまた凶暴とも言える荒々しい、錆びた鉄板が折り曲げて立っている。どうやら、カウンターらしいのだが、よく分からない。

この大きな部屋がホールとなって、パーティが行われた時、カウンターとして生きてくるのだろうか。

ドレスを着た淑女がワイングラスをここに置く姿を想像して見たい。

2階へ上がるためには、いったん外へでなければならない。

その階段と階段周り、床、壁の素材が異常に年季が入っている。

このタイル、石州瓦を焼くときに、焼成窯で使われる棚板で、本来廃棄されものを再利用したものだという。

 

内藤廣は17年ほど前に「島根県芸術文化センター グラントワ」を設計したことがあり、そこで赤い石州瓦に注目し、コンクリートの屋根と壁面を全て石州瓦で覆い、巨大な赤い建築を造って高い評価を受けている。使った石州瓦が28万枚。この時以来、この素材を気にしていたのに違いない。

異なる形、色合い、材質など、造ったものでは絶対に出せない不揃い感がなんともいい感じを出している。

コンクリートの部屋に入るにはこの階段を登る。

2階へ登る階段。

階段を囲っている部分だけ木製。

木造の階段は緩くガラスで覆われている。

内部は真ん中の吹き抜けの周りを、グルグルと周り廊下が囲んでいる。

壁は全て、木製。

窓はないので、照明は全て上からのダウンライト。

大きな吹き抜けの空間に一本のまっすぐな階段が横切っている。

上を見るとトップライトが。

天井一面に6つの光の穴が空いている。

光の降り注ぐ大きな吹き抜け。これだけ。

トップライトの穴は、上が絞られたコンクリートの打ち放しの仕上げ。

下は四角、上は小さいやや丸みを帯びたもの。

この形も非常に手の込んだ、難しい型枠の作業が求められたに違いない。

6つの正方形のトップライトということは、井桁の梁ということだ。

下を覗くと、2階のフロアが見える。ここでビデオが放映され、客席に座った人々が投影されたビデオを見ている。

ビデオは、「奇跡の一本松」が残り、そして枯れて、さらに多くの人々の努力で再生された経緯を見せてくれる。感動的な物語だ。

 

岩手県陸前高田の「奇蹟の一本松」のそばに岩手県の津波伝承館が内藤廣の設計でできているので、この「奇蹟の一本松の根」展は内藤の努力で実現したのだろう。

 

さて、前代未聞のこの建築、皆さんいかがですか。

特別な注文がなく、予算が潤沢にある、建築家にとっては、天にも昇る心地だと思われるが、果たして、理想的な建築が出来たと言えるだろうか。

 

そこで駆使された技術、こだわり、建築家が長年温めてきたあらゆるテックニックがこれでもかと繰り広げられている。世の建築家にとっては、よだれの止まらない美味しい話に違いない。

 

用のない建築、しかも予算は潤沢、正に純粋な「芸術作品」になった建築である。

 

 では、それは傑作と言える建築だろうか。

 

私の印象を率直に言おう。

間違いなく、最高級のグルメ作品である。しかし、冗長な部分が多い。

「やはり良い建築は厳しい制約の中で厳しい格闘の中からこそ生まれる」

つまり、優れた建築ではあるが、傑作とは言い難い。

 

案内する人

 

宮武先生

(江武大学建築学科の教授、建築史専攻)

 「私が近代建築の筋道を解説します。」

 

東郷さん

(建築家、宮武先生と同級生。)

「私が建築家たちの本音を教えましょう。」

 

恵美ちゃん

(江武大学の文学部の学生。)

「私が日頃抱いている疑問を建築の専門家にぶつけて近代建築の真相に迫ります。」

 

■写真使用可。ただし出典「近代建築の楽しみ」明記のこと。

 

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