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目黒区総合庁舎(旧千代田生命保険本社)

千代田生命本社ビル 設計:村野藤吾 1966年(昭和41年)
千代田生命本社ビル 設計:村野藤吾 1966年(昭和41年)

左は本館、右は別館。

全面が彫りの深いルーバーで覆われている。

ルーバーはアルミの鋳物でできており、直射日光を遮り、適度な明るさを室内に届ける働きをしている。

本館も大きな外壁がすべてアルミのルーバーで覆われている。

 

アルミニュームを鋳物にして使う。

しかも、こんなに大きな建築のファサードに全面的に使う、こんなことは初めてだし、極めて大胆な計画である。

 

普通、ビルの外壁は、コンクリートか、ガラスで覆われる。

ガラスの窓の外に1メートルほどの間隔を開けてアルミのルーバーを張り巡らしたこのビルは、直射日光からビルを守るのみならず、風雨からも守り、さらに、外観に柔らかで統一した表情を作って、独自の存在感を見せている。

 

さらに興味深いのは、その落ち着いた色合いである。特に際立った色ではない。言葉では表現しにくい複雑な色合いである。しかし、それが築後50年たっても少しも劣化した形跡を見せないこのビルの秘訣かもしれない。

 

来客用玄関ポーチ

湾曲した大きなひさしが浮いている。

 

隆盛を誇った千代田生命が倒産したのは、2000年、本社ビルが竣工して35年後のことであった。

 

ちょうど、手狭になっていた目黒区が買い取り、目黒区役所として再生利用することになった。千代田生命の時から、和室など地域の会合に貸し出し、広場は盆踊りなど地域の利用に供していたのが幸いした。

 

コンバージョンの設計は、安井建築設計事務所があたった。建築の本体は変更せず、時代の要請に合わせて、二重床のOAフロアにしたり、システム天井にしたりしたが、建築本体の表現は何も変わっていない。コンバージョンの完成が2003年、それからすでに20年がたっている。

 

今では、区役所として誰でも出入りできるので、ありがたいことに、村野建築を誰でも遠慮なく見学できるようになったわけだ。

ここは、千代田生命本社であった建設当初は、来客用の特別な玄関だったが、今は目黒区役所となって、誰でも自由に入ることができる。

ステンレス製の円柱がランダムに立っているのが興味深い。

ひさしの軒裏も実に繊細なデザインとなっている。

来客用の玄関ホールは大理石を張り巡らせた、驚くほど豪華なつくりだ。

建設時の保険会社の力がよくわかる。

天井には、トップライトの明かりとり小さな丸いドームが連なっている。

トップライトの内側は華麗なモザイクで埋め尽くされている。

ホールの先には華麗な階段がある。

階段の魔術師と言われた村野のデザインが十分に味わえる階段だ。

軽やかに宙を舞うように伸びている階段は、すべてが自由な曲線でできている。

手すりの繊細なこと、支柱の細いこと、当時の階段の常識をことごとく覆している。

和室。障子の桟の自由な割付け、こんなに独創的な障子を見たことがあるだろうか。

1枚ごとに違うデザイン。よく見ると左右対象になっている。

和室。

床の間の丸い穴。

そして、天井の照明の不思議な配置。

簡潔ではあるが、実に独創的なデザインだ。

和室の前に広がる池。オフィスと更生施設を池がさりげなく隔てている。

池を隔てて本館と別館が見える。この距離感がなかなか美しい。

アルミ鋳物のルーバーの内側は十分な余裕がある。

ここに何も置いてないことが、感動モノだ。

普通の公共建築では、こういう部分は物置になって、目も当てられない悲惨な状態になる。目黒区役所は、このビルの美しさを維持するために相当頑張っているに違いない。

もちろん、避難通路としてここが確保されていることが重要なのかもしれない。

ルーバーの足元を見る。

ルーバーのなんとも言えない微妙な色合いが良くわかる。

50年という年月の風雪に耐えて、建設当初の姿を崩すことなく維持しているのは、アルミの鋳物という材料・加工の選択、微妙な色の選択。いずれも見事に成功している証拠である。

 

村野藤吾がこのビルを完成した時、75歳であった。3年前に竣工した日生ビルとともに村野の最高傑作と言って間違いない。

 

村野藤吾は1891(明治25)年に生まれ、数々の苦難を乗り越えて、1984(昭和59)年、93歳で没するまで、60年以上の建築家人生を生き抜いた。その間、膨大な建築を設計し、常に話題を提供してきた。その中での最高傑作なのである。

 

村野が設計事務所を開設したのは昭和4年(1929)、亡くなった昭和59年(1984)まで設計を続けたから、その活動期間はまさに昭和の時代そのものだったのである。

 

‥ということは、村野の生涯はまさに日本の近代建築の歴史そのものではないか。

 

ところが、日本の近代建築は常に前川國男とか丹下健三の建築で代表されており、村野藤吾はあくまでも、脇役のような存在とされてきた。

 

昭和の建築家、村野藤吾はこれだけの名建築を作ってきたのに、なぜ、昭和の建築の主役として扱われなかったのか。

 

実は、村野藤吾は、早稲田大学を卒業してから、自分の設計事務所を開設するまでの約10年間、関西を代表する建築家、渡辺節のもとで働いていたのである。

 

村野が大学を卒業する時、渡辺は早稲田を訪れて、村野の才能を見出し、指名して採用した。当時の村野は明治時代の様式建築から近代建築に関心を寄せていたところであったが、渡辺の事務所に入ると、徹底的に様式折衷主義の建築を叩き込まれた。この10年間の修行時代が村野の独特の建築を形成する。

 

村野の建築には、常に様式折衷主義と近代建築の要素が溶け合い、なんとも不思議な形容しがたいものになっているのである。

 

例えば、千代田生命本社ビルのルーバーの丸みを帯びた柔らかな曲線。こういう曲線は、近代建築から出発した前川とか丹下のような建築家には絶対に真似のできないものである。階段も当然、このような自由な曲線は、純粋の近代建築家には手も足もでないものである。近代建築を教える大学では、このような自由な曲線の訓練は一切しないからである。

 

村野のような建築家が日本の近代建築の歴史の中に存在したことが、日本の近代建築をどれだけ豊かなものにしてくれたか、改めて考えさせてくれる。

 

参考図書

『新建築』1966年8月号

 

案内する人

 

宮武先生

(江武大学建築学科の教授、建築史専攻)

 「私が近代建築の筋道を解説します。」

 

東郷さん

(建築家、宮武先生と同級生。)

「私が建築家たちの本音を教えましょう。」

 

恵美ちゃん

(江武大学の文学部の学生。)

「私が日頃抱いている疑問を建築の専門家にぶつけて近代建築の真相に迫ります。」

 

■写真使用可。ただし出典「近代建築の楽しみ」明記のこと。

 

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