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日生ビル・日生劇場

日本生命日比谷ビル 設計:村野藤吾 1963年
日本生命日比谷ビル 設計:村野藤吾 1963年

装飾的な窓が整然と並んだビルはピロティで浮き上がり、屋上には、やや隙間を開けて屋根の庇が出ている。

街の中のビルでは見たことのない端正なまとまりを持った建築だ。

昼を過ぎると、西側の壁面に陽が周り始める。

壁面の微妙な凹凸、窓周りの装飾的な細部が浮き上がる。

これが近代建築だろうか。

日比谷公園に面した西側の壁面には規則的な窓が開いているが、この面には日本生命のオフィスが面している。劇場は奥の窓のない部分に作られた。

そう、このビルには日本生命のオフィスと日生劇場が同居している。

というよりも、日本生命のビルの中に最高級の劇場が作られたのだ。

 

日本生命は本社は大阪にあるが、東京市場の開拓が一段落したのを機に、創業70周年事業として、「人々の心に少しでも潤いと憩いを与え、ひいては将来の文化の発展に一灯をともすことができればと思い、会館内に日生劇場を設けることにした」と社長 弘世現(ひろせ げん)は語っている。

弘世は、子供の頃有楽座で水谷八重子の「青い鳥」を見て感動した。さらに、日本生命の前に勤務していた三井物産のニューヨーク駐在時代にはカーネギーホールやメトロポリタン劇場へ通い、トスカニーニの名指揮に酔ったこともある。

「いいものを見たときの感激はその人の一生を支配すると私は思う」と語っている。

そんな弘世現の気持ちを村野が受け止めて実現したのがこのビルなのだ。

壁面、窓、庇、いろんな要素が端正に配置されて非常に美しい表情を見せている。

壁面は花崗岩貼りだが、微妙に色の異なる石材が混ざり合っている。それぞれの石は周辺を低く、中央部を高く微妙に凹凸をつけて、あたかも柔らかく暖かな肌のような壁面に見せている。

 

この時代、建築の外壁は打ち放しコンクリートが常識だった。

日生ビルを掲載した『新建築』1964年1月号には前川國男設計の学習院大学図書館とポール・ルドルフ設計のエール大学芸術・建築学部新校舎が掲載されているが、ともに打放しコンクリートの全盛期を飾る秀作である。

窓ごとに少し後退してバルコニーが作られ、窓周りには、石の柱、梁、ブロンズの手すりなど、装飾的な部材が配置され、壁面に豊かな表情を与えている。内側に凹んだバルコニーは特に独創的なデザインだ。

 

当時の建築界を代表する建築評論家 浜口隆一はこの『新建築』の中で村野へのインタヴューを行い、

「現代建築で、鉄筋コンクリート構造のものに石をああいうふうに積極的に使うことが、現実的に考えて意味があるということになると、わたしなんかが教わってきたというのか、考えてきた近代建築の、あるいは現代建築の論理みたいなものが崩壊ーー完全な崩壊かどうかわかりませんが、かなりくずれてしまうわけです」

と疑問を呈したのに対して村野は、

「わたしにいわせれば、それはかまわん。そんなものは問題ないとみているわけです」

と確信を持って石を使った気持ちを語っている。

 

浜口隆一は、戦中から戦後にかけて日本の近代建築を後押ししてきた代表的な建築評論家であるが、この頃を境に、次第に建築評論の世界から身を引いて行った。

代わりに登場するのが長谷川堯である。

浜口は丹下健三と手を取るように戦後の建築界を歩いてきたのに対し、長谷川は、丹下健三を神殿建築と批判して登場し、村野藤吾を高く評価した。

時代が大きく変わる節目の時代だったのである。

コーナーには、小さな擬似的なバルコニーが作られ、街角に特徴的な表情を見せている。

ビルのコーナーを大切な要素として丁寧に扱っている。

コーナーのデザインはビルの機能として必要なものではない。しかし、街の中の姿を考えた時、非常に重要な要素であることに気がつく。

2階のコーナーは、壁面の窓と同じデザインでまとめている。人に近い部分はより親しみやすいデザインが採用されたわけだ。

どこかで見たような、しかし、古今東西、どこにも類似した例のない村野の独創的なデザインだ。

丸みのある柔らかなカーブと、切り出したようなシャープな面。その対比が心地よく美しい。

重量感のあるビルを支えるピロティ。

コーナーの柱は特に丸く太い。いかにも重量感のある上部を支えているように見える。村野のマジックなのだが、いかにも重いものを支えている安心感がある。

 

このビルはまるで近代建築に背を向けているように見えるのだが、ル・コルビュジエの提唱したピロティを使って、1階を街に開放している姿を見ると、ピロティをこれほど見事に使いこなしている例を他では見たことがないことに気がつく。

やはり、これはモダニズムとは言えないが、立派な近代建築なのだ。

ピロティの上部を絞った所がなんとも憎い。ピロティ周りで特に素晴らしい所だ。

村野は強いもの同士を直接ぶつけないほうが良い、と語っている。

波打つ軒線。優しく招き入れるような窪み。固い石を柔らかく見せる村野の卓越した技だ。

壁面から軒下へ連続しながら、毅然と切り返した、美しいデザイン。

並んだピロティのうち1本だけが大きな石材の彫刻になっている。ここがエントランスだよ、とさりげなく教えているのだ。

広々と開放されたピロティ。床には一面に長谷川路可による大理石のモザイクがふんだんにデザインされている。ところが天井はアルミだ。

 

壁面や床にふんだんに高価な石材を使い、芸術家や職人の精緻な技を駆使しながら、天井は大量生産のアルミをザックリと張り巡らしている、ここに村野の遊び心が見える。君達は私を古い建築家だと思っているかもしれないが、私は現代の建築を作っているのだ、ここを見ろ、と語っているように見えるのだ。

ピロティを彩る大理石のモザイク画。なんとも大胆な楽しいデザイン。

イタリア人の彫刻家ファッツィーニによる「話をする人」

日生劇場へのエントランス。鳥に誘われて入り口に進みます。

劇場のロビー。ここの天井もアルミなのだが、大量生産の安価な工業製品が豪華な空間を演出している。なんとも驚くべきデザインだ。

村野の手にかかるとまるで魔法のように素材が変身してしまう。

豪華な大理石でできた床や階段には赤い絨毯が敷かれ、上のロビーへと誘う。

白い壁や柱、赤い絨毯。優美な階段。

華麗な劇場のロビーに導かれてゆく。

天井の硬質な石膏パネルの丸い穴から柔らかな光が降り注ぐ。

村野の得意とする階段。ここは極めて軽快な階段。簡単な支柱で支えている。

この階段は支柱すらなくなっている。赤と白だけの世界。

階段の裏側。

手すりについて

「夜会服だとか、ちょっと手袋をはめた婦人の姿を想像するわけです。そうするとがんじょうなやつはいかん、礼儀的に紳士がちょっと手を差し伸ばす、あの感じですね」

と村野は語っている。

そんな言葉を思い出しながらこの手すりを辿って欲しい。

波打つ繊細な手すり。

階段を楽しむ。

なんとも美しい階段。階段の魔術師と言われた村野の最高の階段がここにある。

劇場を囲むうねるような廊下。ここも赤と白の世界。

いよいよ劇場に入る。波打つ天井。うねる側壁。

ガラスモザイクでできた、まるでサンゴ礁のようなうねる側壁。

アコヤ貝を張り詰めた天井。海の中の何か軟体動物を思わせる曲面。

劇場の天井全体が2万枚のアコヤ貝を埋め込んだ石膏ボードでできている。

 

村野がこの劇場を完成させたのは72歳だった。広島に世界平和記念聖堂を作ったのが63歳のときだったから、あれからまだ9年しかたっていなかった。

1951年から1961年へ、日本が急速に豊かになったあかしでもあるが、村野建築家としての充実には目を見張るものがある。

村野は93歳という長命に恵まれ、この後も、千代田生命、ルーテル神学大学、箱根プリンスホテルなどまだまだ充実した作品を作り続ける。

 

日生ビル・日生劇場は、村野の建築家としては中期の作品であるが、おそらく全作品の中で最高傑作と言って間違いない。

 

ぜひ、機会を作ってここの演劇を鑑賞しがてら、劇場建築の最高傑作を味わって欲しい。

 

 参考文献

『新建築』1963年1月号

『私の生命保険昭和史』弘世現、東洋経済新報社、1988年

 

案内する人

 

宮武先生

(江武大学建築学科の教授、建築史専攻)

 「私が近代建築の筋道を解説します。」

 

東郷さん

(建築家、宮武先生と同級生。)

「私が建築家たちの本音を教えましょう。」

 

恵美ちゃん

(江武大学の文学部の学生。)

「私が日頃抱いている疑問を建築の専門家にぶつけて近代建築の真相に迫ります。」

 

■写真使用可。ただし出典「近代建築の楽しみ」明記のこと。

 

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