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築地本願寺 設計:伊東忠太 1934(昭和9)年
築地本願寺 設計:伊東忠太 1934(昭和9)年

京都西本願寺の東京の拠点である。

お寺といわれても、日本中いや世界中に二つとない空前絶後の奇妙な建築である。

しかし、仏教はもともとインドで誕生したものだから、インド建築の様式を取り入れた、といえば、たしかにもっともである。

日本の仏教は中国から来た。従って、日本の寺院は初めから中国の建築様式を模倣してきた。世界最古の木造建築といわれる法隆寺を初めとして、全て中国にお手本があった。その中国を飛び越していきなりインドの建築をお手本としたのは、ここが唯一の例である。

しかも、ここは鉄筋コンクリート造の寺院である。

仏教寺院は原則としてほぼ100%木造である。なかには、鉄筋コンクリートもないではない。一番よく知られているのは、浅草の浅草寺かもしれない。

しかし、浅草寺は鉄筋コンクリートを使って、中国式の木造建築をそっくり作ってしまったから、誰もコンクリートだとは思わない。

ここは、鉄筋コンクリートでインド式を作ってしまった。

驚くべきことである。

寺院側と建築家の側によほど変わった強い決断力のある人物がいたに違いない。

寺院側に大谷光瑞(1879(明治9)年〜1948(昭和23)年)、

建築家に伊東忠太(1867(慶応3)年〜1954(昭和29)年)がいた。

大谷光瑞は、浄土真宗本願寺派代22世法主。変わっているのは、教団の活動としてインドに渡り、仏教遺跡の発掘調査、資料収集のため、大規模な探検隊を出し、自らその先頭に立って奥地に分け入ったことである。しかも探検隊は明治35年から大正3年まで、繰り返し派遣された。

その後も仏教の原典の翻訳や教育活動に熱心に取り組んだ。異色の仏教指導者である。

一方、伊東忠太は、米沢市の出身。東京帝国大学の造家学科を卒業すると、普通は国家の求める西洋式の様式建築をつくる建築家になるのだが、忠太は日本の伝統建築に目を向け、「法隆寺建築論」を執筆する。法隆寺の柱の膨らみに注目し、これはギリシャ建築の柱の影響を受けたに違いないとして、その伝搬ルートをたどる探検旅行にでる。中国、インド、トルコ、ギリシャとすべて徒歩で踏破してゆく。

大谷光瑞と伊東忠太がであったのは、この探検旅行がきっかけだった。帰国後忠太が大谷光瑞を訪ねると、意気投合し、すぐに本願寺大連別院の設計を頼まれる。

これは実現しなかったものの、のちに、二人の協力で結実したのが、京都の本願寺伝道院(明治45年)と東京の築地本願寺(昭和9年)である。

正面に使われているドームは、西洋式でもなければ、イスラム式でもない。

まさにインド式、近代建築では他に例を見ない。

ギリシャ建築ならアーカンサスだが、ここは蓮の花である。

窓の形も、柱の飾りも、まったく前例のない独創的なデザインだ。

柱のトップ、柱頭もまったく独創的。前例はない。

ここもインド。

忠太はべつにインドだけにこだわっていたわけではない。ここがたまたま仏教寺院だから、インドの建築様式を採用したまでである。

忠太のボキャブラリーは非常に広く大きい。

 京都では「平安神宮」(純和風)、

 国立には「一橋大学兼松講堂」(ロマネスク様式)、

 永田町「大倉集古館」(中国風)、

 御茶ノ水「湯島聖堂」(中国風)、

 上野不忍池「不忍弁天堂天竜門」(竜宮様式)(今はない)

 両国「震災祈念堂」(和風)

等々、なんでもあるのだ。

現在の建築史研究者は、研究の専門家で、ふつう設計はしない。

しかし、戦前の歴史研究者は設計もする人が多かった。

いま、建築史研究者で設計もする人は藤森照信くらいだろう。

この人は歴史を語らせれば、これ以上面白い人はいない。同時に、設計をやらせても、だれにもマネのできない、だれも見たことのない、独創的な建築を設計する。ちょっと伊東忠太に似ているかもしれない。

独創的すぎるから、分類できない。後世の研究者泣かせである。

ともあれ、この人の建築は独創的である。

独創的ではあるけれど、どこかで見たことがあるような、落ち着きがある。

独創的ではあるが、違和感はない。じつに手慣れたデザインである。

エントランスの床のモザイクである。ここは幾何学てきなパターンでまとめている。

階段には動物の彫刻が次々に表れる。

ドアの把手。

階段と同じ石を彫刻した鳥。

おなじく牛。

獅子。

馬。

玄関ホールに動物が多いのは、入口を守っているのかもしれない。

猿。

象。

この象がいるのは、地下の階段手摺。

聖堂内部。ここは公開されている。

円柱が並んでいる。

鉄筋コンクリート製なので、広々している。

キリスト教のゴシック聖堂の側廊のような部分。

聖堂内部は、椅子が配置され、内陣まで行って礼拝できるのは、仏教寺院というよりはゴシック教会の様式を取り入れているのであろう。

なんと、入口上にはパイプオルガンが設置してある。

鉄筋コンクリート製の柱梁が交差する上に木造寺院の組み物が見える。

天井は非常に伝統的な仏教寺院の雰囲気をかもしだしている。

内陣の上はとくに木造寺院建築の面影を宿している。

不思議な建築だ。

外観はインド式。

内部構造は鉄筋コンクリートの近代建築。

内陣は仏教式、

ホールは土足、椅子式のゴシック様式。

世界中の都合のよいものを自由に取り入れた建築だった。

有名人の大規模な葬式やコンサートがここで行われるのは、合理的に出来ているので、使いやすいためだろう。

普通、寺院といえば、前庭には池や庭園がつくられる。しかし、ここは広い前庭がなにもなく広がっているだけだ。それが現代の多目的な利用に適しているのかもしれない。

怪人、伊東忠太に出会うにはもっともふさわしい建築である。

 

 

 

不忍池天竜門 設計:伊東忠太 1914(大正3)年(戦災で焼失)
不忍池天竜門 設計:伊東忠太 1914(大正3)年(戦災で焼失)

建築家として見たとき、伊東忠太はモダニズム直前の古い建築家。外観にしか関心がない。内部空間はほとんど見る所がない。それが建築家として評価が低い理由である。晩年に岸田日出刀に数ある作品のなかで一番気に入っているものはどれかと聞かれて、不忍池の天竜門だとこたえている。確かに天竜門は伊東忠太の奔放なデザイン力が遺憾なく発揮された傑作であるが、内部空間のない、建築というよりモニュメントである。

 

伊東忠太は空前絶後、後継者はいない。

しかし、忠太が目をかけ、育てようとしたのが大江新太郎である。新太郎は日光東照宮の大修理監督に忠太の指示で行った。伊勢神宮の式年遷宮を取り仕切ったり、明治神宮の宝物館を設計した。しかし、体が弱く、1935年59歳でなくなってしまった。

 

しかし、新太郎の子息、大江宏は近代建築を信奉する建築家ではあるが、もっとも忠太を理解し、設計に反映させた建築家かもしれない。靖国神社の鳥居の太さを巡って忠太と新太郎が激しく言い争っていたのを幼い宏が目撃していたという思い出も興味深い。国立能楽堂などにその血脈が受け継がれているのは明らかだろう。晩年に提唱した「歴史意匠」「混在併存」は、忠太の思想を継承、発展させたものに違いない。

案内する人

 

宮武先生

(江武大学建築学科の教授、建築史専攻)

 「私が近代建築の筋道を解説します。」

 

東郷さん

(建築家、宮武先生と同級生。)

「私が建築家たちの本音を教えましょう。」

 

恵美ちゃん

(江武大学の文学部の学生。)

「私が日頃抱いている疑問を建築の専門家にぶつけて近代建築の真相に迫ります。」

 

■写真使用可。ただし出典「近代建築の楽しみ」明記のこと。

 

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