19.シカゴの魅惑

 恵美ちゃん:こんにちわ。きょうはどんなお話ですか?

 東郷さん:家のなかを整理していたら、古い写真が出て来たんだ。とっても面白いから見てもらおうと思ってね。

 恵美ちゃん:うわぁ、すごい。いったいどこの写真なんですか。

 東郷さん:シカゴなんだ。今から40年も前に行ったときのものなんだ。

 宮武先生これは「カーソン・ピリー・スコット百貨店」ルイス・サリバンの設計した作品だね。

 東郷さん:そうなんだ。その庇の部分の鋳物の装飾なんだ。サリバンの達者なデザイン力がよくわかるでしょ。

 恵美ちゃん:すごいですね〜。いったいいつ頃の建築なんですか?

 東郷さん:1904年と言われているよ。モダニズムが1920年ころ始まるとされているから、その直前ということになるね。

 宮武先生:ちょうどアールヌーボーの一つといってもいいかもしれない。

 恵美ちゃん:ペンダントにしたいデザインだなあ。

 東郷さん:かどのエントランスの上の装飾だ。草花と幾何学的な図形がからんでいる。

 恵美ちゃん:サリバンというのは、どんな人だったんですか?

 東郷さん:フランク・ロイド・ライトの先生といえば分かりやすいかな。

 宮武先生:1871年にシカゴに大火があって、その復興に鉄骨の高層建築が使われ出したころなんだ。シカゴ派といわれる建築家の一人だ。

 東郷さん:鉄を建築に使うのを実に楽しそうにやっている。

 恵美ちゃん:楽しそうな建築ですね。

 東郷さん:この部分は今もそのまま残っているみたいだよ。

 東郷さん:12階建ての1〜2階がデパートで、こんな手の込んだ外壁になっているけど、その上はかなり普通のオフィスビルなんだ。

 恵美ちゃん:ここだけでもすごいですね。

 恵美ちゃん:ああ、全体はこんな感じなんですね。上の方は今できてもおかしくないくらい、普通ですね。

 東郷さん:そうだね。100年以上前のものだけど、いまでも立派に通用するデザインだ。

 恵美ちゃん:こんなビルが今も残っているって、シカゴの街はすごいですね。

 恵美ちゃん:ああ、下がデパートで、上がオフィスなんですね。

 東郷さん:オフィスの窓もなかなか綺麗だなあ。

 恵美ちゃん:これは何ですか?

 東郷さん:やはりシカゴだけど、証券取引所、オールド・ストックイクスチェンジ・ビルというビルの入口部分だ。

 宮武先生:やはりルイス・サリバンの設計だね。えーと、1894年の竣工だ。

 恵美ちゃん:へー。これも100年以上前のものですか。

 恵美ちゃん:エントランスとその上の階ですね。すばらしいなあ。

 東郷さん:すごいデザインでしょ。近代建築でありながら、装飾がじつに自由に使われている。

 宮武先生:モダニズムに入るとこの装飾がなくなってしまう。

 東郷さん:ぼくはこのころのアメリカが大好きなんです。

 恵美ちゃん:メダルの中に古い建物が見えます。

 東郷さん:証券取引所の歴史が描かれているわけだよ。

 恵美ちゃん:直線的な図形と曲線的な図形の使い分けが面白いなあ。

 恵美ちゃん:平面的なデザインなのに、葉っぱはとっても立体的でリアルなところがすごいですね。

 東郷さん:よく見ると、繰り返しのパターンも多いなあ。

 恵美ちゃん:あら、降りてくる幾何学文様と登ってゆく葉っぱのデザインがここでぶつかって、装飾がつながっていません。

 東郷さん:そうだね。完全に破綻している。サリバンでもこんなことがあるんだ。めずらしいなあ。

 宮武先生:ここを見ると、この繰り返しの装飾はテラコッタでできているみたいですね。つまり、テラコッタで同じものを沢山つくって、並べたものなんですね。

 恵美ちゃん:ここはまるで額縁みたいですね。

 東郷さん:そうだね。エントランスを額縁のように造ったのがよくわかる。

 恵美ちゃん:部分を拡大したものですね。よく見ると木の実のようですね。

 東郷さん:果物の断面のようにも見えるし、つぼみのようにも見える。

 宮武先生:あくまでも草の葉や木の実といった植物をデザインソースにしたところは、やはりアールヌーボーに近いですね。アメリカの建築がフランスから学びながら、独自の発展をしていた状態ですね。ここから、フランク・ロイド・ライトが生まれてくる。

 恵美ちゃん:装飾は建築と市民をつなぐ大切な要素だと思いますけど、どうなんでしょうか。

 恵美ちゃん:こんどは何ですか?

 東郷さん:このときは、カナダのトロントまで行ったんだ。これはトロント市庁舎だよ。

 恵美ちゃん:すごーい。完全に石の建築ですね。

 東郷さん:これになると、近代建築の影響は片鱗も見えない。

 宮武先生:えーと、これは、1899年の竣工、建築家はエドワード・ジェイムス・レノックス(1854ー1933)といわれている。このころ活躍した建築家らしい。

 東郷さん:この人も相当腕のたつ人だなあ。

 宮武先生:いまは、トロントの歴史的建造物として保存されて、裁判所として使われているらしいよ。

 恵美ちゃん:手の込んだ石のアーチが魅力的ですね。

 東郷さん:それを支えている束になった柱。しかも3本も一緒に立っている。

 宮武先生:様式建築の手法がこれ見よがしに使われている。様式建築の約束を無視してあふれるほど、過剰に使われている。

 恵美ちゃん:完全に遊んでいるといってもいいと思います。

 東郷さん:過剰なディテールが微妙なバランスを保って安定しているところがみどころですね。

 東郷さん:様式建築に習熟した建築家がいて、熟練した石工がいた、そんな時代の奇跡的な建築だと思う。

 恵美ちゃん:これを造らせた社会の余裕を感じます。

 宮武先生:スペインのサグラダファミリアがちょうどこの頃着工した。ガウディはもっと自由にデザインをしているけどね。

 恵美ちゃん:この建物の前に座ったら、一日見ていてもあきないでしょうね。

 宮武先生:近代建築が装飾を排除する直前には、こんな建築がもてはやされていたわけだ。

 恵美ちゃん:うわっ、柱が5本も束になっている。

 宮武先生:メインエントランスかな。アーチの装飾もさらに分厚くなっている。左右のライトも三つづつついています。

 宮武先生:こっちがメインエントランスかもしれないなあ。階段もあるし。

 恵美ちゃん:荒々しい石積みがでてきました。

 宮武先生:そうだね。繊細な装飾と対比的な荒っぽい表現ですね。

 宮武先生:束になった柱が1本、4本、2本、自在に楽しんでますね。

 恵美ちゃん:その下の壁の石の積み方が面白いですよ。斜めに積んで、ざるを編んでいるみたいです。

 宮武先生:柱の上の荒々しい石と完全に対照的ですね。

 東郷さん:うーん。すごい力量だ。

 宮武先生:あっ、1898という文字が見える。きっとこの建物が出来た年が彫り込んであるんでしょう。

 東郷さん:それが単なる銘板ではなくて、鑑賞に耐える装飾になっているところがすごい。

 恵美ちゃん:その周りの石積みも面白いですね。色も違うし、幅も違う。

 東郷さん:上に時計台がありました。

 宮武先生:これが市のシンボルタワーになっているわけだよね。それだけの力強さ、美しさがあって、市民に親しまれているわけだ。


 恵美ちゃん:今日は十分に楽しませていただきました。建築がこんなに楽しい時代があったんですね。市民に愛されて、モニュメントとして大切にされる。幸せな建築ですね。

 宮武先生:日本にもこんないい建築が沢山あったけど、どんどん壊されてしまった。市民に愛されていなかったし、所有者が建築の価値にまったく無関心だった。経済だけが暴走してきたからね。

 東郷さん:日本ではいまでも50年経つと平気でいろんな理屈をつけて建て替えてしまうけど、100年もつものなら、倍の手間ひまをかけて立派なものを造れるわけだよね。

 宮武先生:日本では、政府が法律を変えて、もっと高いものが建てられるようにして、建て替えを誘導しているからねえ。

 東郷さん:とんでもないことだよ。いまの技術なら100年、200年もつ建築を造るのは何の問題もないんだから、もっと時間をかけていいものを造って、長い時間使う文化を育てたいものだねえ。

 恵美ちゃん:残念ですね。もっとみんなに建築の魅力を理解してほしいですね。市民が建築を大切に思う気持ちが大事ですね。

ところで、今日の写真はみんなモノクロでしたけど、モノクロの写真もいいもんですね。

 東郷さん:我が輩の腕がよかったからさ。少しはわかったかな。

 恵美ちゃん:はい、はい、ちょっと見直しましたよ。

案内する人

 

宮武先生

(江武大学建築学科の教授、建築史専攻)

 「私が近代建築の筋道を解説します。」

 

東郷さん

(建築家、宮武先生と同級生。)

「私が建築家たちの本音を教えましょう。」

 

恵美ちゃん

(江武大学の文学部の学生。)

「私が日頃抱いている疑問を建築の専門家にぶつけて近代建築の真相に迫ります。」

 

■写真使用可。ただし出典「近代建築の楽しみ」明記のこと。

 

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