閉鎖される老舗出版社…相模書房の栄光と悲惨

 東郷さん:とうとう相模書房が閉鎖するらしいね。

 宮武先生:だいぶん前からウワサは流れていたからね。

 恵美ちゃん:相模書房ってどんな出版社なんですか?

 宮武先生:現存する建築専門の出版社としては一番古いんだ。昭和11年の創業だから、もう80年くらいになるかな。人間の寿命が伸びたけど、人の平均寿命を超えている。

 東郷さん:日本の出版社全体を見渡してみても、これだけの老舗はあまりないんじゃないかなあ。

 恵美ちゃん:相模書房はどんな本を出してきたんですか?

 宮武先生:戦前は岸田日出刀という東大の新進気鋭の教授の随筆集を何冊も出してとっても評判になったんだ。

 東郷さん:おれは『縁』とか『扉』という漢字一文字の題名の本をよく覚えているよ。

 恵美ちゃん:岸田日出刀っていう名前は聞いたことがありますけど、どんな人だったんですか?

 宮武先生:戦前の東大では、構造や歴史を教える人はいたけど、現代建築の設計を教える人はこの人しかいなかった。すごい人で、卒業してまもなく25歳くらいで東大の安田講堂を設計したと言われているんだ。

 東郷さん:戦後は黒めがねの親分肌で、建築界のフィクサーと言われていた。丹下健三の才能を早くから見抜いて育てたし、そのしめくくりは東京オリンピックのときに代々木の屋内競技場を丹下さんにやらせたのは岸田さんだったと言われているよ。戦前はそんな岸田日出刀が自分の配下の研究者に次々に書かせていた。

 恵美ちゃん:では戦後はどんな本を出したんですか?

 宮武先生:戦後は民主主義が建築界の流行になっていたんだけど、浜口ミホの『日本住宅の封建制』、京都大学の西山卯三が『これからのすまい』という本を書いて大ヒットした。これで相模書房は毎日出版文化賞をもらったんだ。

 東郷さん:その次に注目を集めたのは、長谷川堯さんの本を出し始めた時だったなあ。

 宮武先生:うん。『神殿か獄舎か』という本で、当時のスーパースターだった丹下健三の建築を下から崇める神殿のような建築だとこき下ろして、大正時代の建築家後藤慶二らを高く評価したんだ。

 東郷さん:おれは『都市回廊』にほれこんだなあ。これから世の中は丹下から村野へ流れが変わったような気がする。

 宮武先生:続いて『建築:雌の視角』という本がでたなあ。

 恵美ちゃん:長谷川堯さんって、たしか長谷川博己くんのお父さんじゃないですか?

 東郷さん:そうだね。いまじゃ、息子さんのほうが有名だ。

 宮武先生:そういえば、相模書房は民家の本でも特色があったねえ。

 恵美ちゃん:わたし、今和次郎の『日本の民家』という箱入りの可愛い本を持ってます。

 東郷さん:小林昌人の『民家巡礼』という本で民家が好きになった人も多い。

 宮武先生:横山正の『透視画法の眼』、陣内秀信の『東京の町を読むー下谷根岸の』、西沢文隆の『コートハウス論』『庭園論』、吉坂隆正の『住居学』『乾燥なめくじ』、石山修武の『バラック浄土』、布野修司の『戦後建築論ノート』、上松佑二の『世界観としての建築』、小川守之『建築家マッキントッシュ』と、ここから世に出た著者の名前をあげていくときりがない。

 東郷さん:そうだねえ。これが処女出版という人が多い。

 宮武先生:佐々木宏も落とせない人だなあ。『20世紀の建築家たち1・2』でサンテリーアとかフーゴ・ヘーリンク、ハンス・シャロウンなど、あまり知られていない個性的な建築家をはじめて知った人は多いんじゃないかなあ。

 東郷さん:佐々木宏はコルビュジエ関係の本も多い。『ル・コルビュジエ断章』『巨匠への憧憬』と意外な切り口から読ませてくれた。

 

 宮武先生:出版社はどこも売れないといってるけど、建築専門書は特にひどいことになっているみたいだ。

 東郷さん:だけど、新潮社とか平凡社とか、他の出版社から建築の本がでるようになってるから、建築専門の出版社に問題あるんじゃないかなあ。『INAXレポート』とか『TOTO通信』など企業の出版活動も頑張っているけどねえ。

 宮武先生:相模書房からデビューした著者も2冊目からは、大きい出版社に移ってしまう人が多い。小さい出版社は気概はあるものの、営業力はないし、印税の支払いも悪い。

 東郷さん:今和次郎の『日本の民家』は、岩波文庫に入っているね。

 恵美ちゃん:『神殿か獄舎か』は、私は鹿島出版会のSD選書で読みました。

 宮武先生:『都市回廊』は相模書房で箱入りの本を売っているのに、中公文庫に入れたが、思ったほど売れなかったから、絶版にしてしまった。

 恵美ちゃん:えーっ。大きいところに奪われるのは仕方ないかもしれませんが、奪ったからには責任をもって出し続けてほしいですねえ。

 東郷さん:こういう気概のある出版社がなくなるのは残念だなあ。

 宮武先生:建築という分野を支えてきたのは、こういう出版物なんだよ。土木や電気といった分野には技術書はあっても、こういう歴史や哲学を語る文化がない。建築はこれからもこういう文化を大事にしていかないといけない。

 恵美ちゃん:わたしも建築を見たり、少しは本を読んだりして、建築という分野にはすごい蓄積があると思いました。

 宮武先生:相模書房の本はまだ古本屋さんとかamazonでも買えるものもあるから、探してごらん。wikipediaの相模書房のページに出版物のリストが出ているから、参考になると思うよ。

案内する人

 

宮武先生

(江武大学建築学科の教授、建築史専攻)

 「私が近代建築の筋道を解説します。」

 

東郷さん

(建築家、宮武先生と同級生。)

「私が建築家たちの本音を教えましょう。」

 

恵美ちゃん

(江武大学の文学部の学生。)

「私が日頃抱いている疑問を建築の専門家にぶつけて近代建築の真相に迫ります。」

 

■写真使用可。ただし出典「近代建築の楽しみ」明記のこと。

 

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