地下鉄表参道の駅を出ると、建築家の東郷さんは前を歩いていた恵美ちゃんを発見した。
「こんにちは!恵美ちゃん、今日はたしか根津美術館が集合場所だったよね。」
「あーら東郷さんじゃないですか。ええ、間違いありません。」
「じゃあ、いっしょにいきましょう。ここは昔は寂しい所だったけど、ほんとににぎやかな通りになったなあ。」
「最近ファッションのお店が沢山できて、女性の好きな通りなんです。」
「派手な店がふえたね。」
「どれも高そうなお店ですね。」
「おお、正面に隈研吾が設計した根津美術館が見えてきたぞ。大きな屋根がまず目に入ってくるなあ。」
「たしか、建築家は屋根があまりお好きじゃなかったと思うんですが?」
「うーん、恵美ちゃん、いきなりど真ん中の直球を投げてよこしたな。じゃあ受けて立つか。そうだ、建築家は屋根には非常にナーバスなんだ。」
「上野の東博の大きな屋根でたしか渡辺仁さんが非難されたんですよね。」
「そうだ、鉄筋コンクリートの建物に大きな屋根を載せたのが帝冠様式つまり軍国主義的だといって非難されたんだ。」
「山田守さんも武道館で伝統的な大きな屋根を架けて非難されたんでしたね。」
「そのとおり、法隆寺の夢殿をお手本にして、現代の建築としてはあまりにも創造性がない、と建築界からは総スカンだった。」
「じゃあ教えてください。なぜ隈さんはこの根津美術館で大きな屋根を架けたんですか?」
「そこだよ、問題は。この根津美術館は日本と東洋の貴重な美術品の展示を目的としていること、さらに都内でも有数な日本庭園に接しているという条件がある。しかし、頼まれたのは現代の建築家隈研吾だ。
隈さんはそこで、当然伝統的な日本建築はもちろん、コルビュジエの西洋美術館や谷口吉生の法隆寺宝物館のようなモダニズムも選ばなかった。モダンでありながら日本美術につながる建築要素を思い切って取り込んだ。それが屋根と庇なんだ。結論をいえば隈研吾は近代建築を作ろうとはしなかった、ということなんだ。」
「えー。これは近代建築じゃないんですか?」
「結果としてどう判断されるかは別として、隈さんは近代建築を作ろうとはしていない。この大きな屋根はそれをはっきりと宣言しているね。ル・コルビュジエがあれだけ熱心に叫んだ、「あふれる光の中の幾何学的形態」はここでは、完全に無視されている。大江宏が国立能楽堂であれだけ苦労して屋根を作りながら屋根を否定したのに、隈さんは軽々と大きな屋根を作ってしまった。しかも立派な瓦屋根だ。この差は大きいよ。」
「近代建築ではないとしたら、これは何なんですか。」
「ポストモダンというか、現代建築というか。ともかく近代建築を超えようとしていることはたしかだ。」
「隈さんはいつもそうなんですか。」
「そうだね。いつもそんな姿勢で作っているみたいだね。」
「隈さんはいつから近代建築を否定するようになったんですか。」
「はじめからなんだよ。世田谷区砧の環八沿いにM2というマツダの研究所兼ショウルーム(1991)をつくったときから、脱モダンを鮮明に掲げていたんだ。M2は巨大なイオニア式の柱頭を建てて建築家たちのド胆を抜いた。近代建築がもっとも敵対した古典建築の柱、オーダーというんだけど、それの巨大なやつを作ってしまった。当時はポストモダンといわれたけどね。この根津美術館もモダニズムに対する挑戦といって間違いないね。」
「この露地のようなアプローチは和風のような気がしますけど。」
「そうだね。意識的に和風を取り入れているね。主要なアプローチを意識的に暗く露地的にしている。屋根の先端、軒先もとっても薄くて繊細な表現だね。」
「たしか、コルビュジエはあふれる光のなかで幾何学的な形をつくると書いてましたけど、これは正反対ですね。」
「そうでしょ。これは世界共通を目指した近代建築つまりインターナショネルスタイルに対して、日本の風土に根ざした表現を取り込んで、モダニズムに背を向けているんだ。そこがこの根津美術館のみどころだね。」
「あっ。宮武先生が玄関前にいらっしゃるわ。こんにちは宮武先生。いま東郷さんと一緒に歩いてきました。」
「こんにちは。東郷さん、恵美さん、今日は隈研吾さんの根津美術館からスタートですね。」
「いま、これは近代建築ではないというお話を伺っていたとことなんです。」
「建築家・東郷さんの近代建築論ですね。一理あるけど、広い意味では、もちろん近代建築といって間違いはないんです。
大きなガラスで庭の緑がホールに続いていますね。うまいデザインですね。隈さんとしては、素直に好感の持てるよい作品です。」
「うん、嫌みのないいい作品だ。中に入っても、勾配屋根が支配的な要素になっていることがわかるなあ。」
「このホールから庭を見ていると、建築の重さを全然感じませんね。」
「そうなんですよ。ここは、屋根や柱の構造全体に鉄を上手に使っているのです。非常に軽ろやかな印象になっているのは、そのせいなんです。」
「この美術館は、日本建築の要素を導入しながら、近代建築を超えようとする隈さんの意欲的な作品であり、それが、見事に成功しているといえますね。」
「これは面白い建築ですね。いままでに見たことのない、不思議な形です。」
「スイスの建築家グループの設計なんですけど、たしかに面白いものをつくりましたね。北京オリンピックの鳥の巣という大スタジアムを設計したのもこのグループなんです。あれも不思議な造形で話題を集めましたね。」と宮武先生。
「独創的なデザインであることは確かだね。商業建築だから、目立つことが目的なんだろうけど、しかし、建築は面白ければいいってものではないんだ。」と建築家の東郷さんがつっかかるように反論。
「これの、どこがいけないんですか?」
「強引に面白いものを作っている気がするんだなあ。鳥の巣もそうだった。面白い形を追求した結果ものすごく無駄に鉄骨を浪費したんだ。」
「面白いだけじゃだめなんですか?」
「近代建築は合理的で経済的な、それでいて美しい建築を追求してきたんだけど、このように、合理性や経済性を無視して面白いものを作ればいいといわれると、正直やられたと思う反面、抵抗を感じるんだよなあ。本来、建築のあるべき姿ではないと思うんだよ。」
表参道の交差点を渡ると、宮武先生の誘導に従って左へまがった。するとまもなくスパイラルビルが見えてきた。
「これは、いかにも楽しそうなビルですね。」
「これは、槙文彦さんが設計したスパイラルです。下着メーカーのワコールが作ったもので、いろんなアートと出会える都市のなかの交流スペースなんだ。」
「いろんな壁が貼り絵のように混ぜ張りになっています。円錐形も見えます。」
「カーテンウォールもあれば、石張りもある。角度もついていれば、局面もある。それをイレギュラーに組み合わせている。わざわざ複雑にしているんだ。」
「経済的にも、精神的にも余裕のあった時代を感じますね。槙さんといえば、最初から幾何学的な端正な設計で通してきた人なんですが、珍しく茶目っ気のある作品ですね。バブル景気の真っ最中、建築家もポストモダンに浮かれていた時代だったんですね。」
「しかし、さすがに槙さんだね。それをいかにも端正にまとめている。上品なよいセンスでまとめたのはさすがだなあ。」
「モダニズムの達人が、ちょっとポストモダンをやってみました、という感じ。内部も自由に入れるけど、いろんな所に魅力的なスペースがあります。恵美ちゃんも待ち合わせのスポットにいいですよ。」
「楽しそう!絶対、こんどここでデートしよっと。」
「すごい迫力ですね。」
「コンクリートの打ち放しでここまでやるか、という迫力だよね。」
「ガラス窓も全部違う形ですね。」
「そうなんです。ガラスは全部で200枚入っているんですが、全部形が違う。現場で打ったコンクリートの枠の中に工場で切ってきたガラスをぴったりとはめ込んでいる。その隙間は8mmだというから驚きだ。型枠を作り、その中にびっしりと鉄筋を組み、コンクリートを流し込む、型枠を外すとすぐにガラスをはめ込む。そこに全く遊びがないということだ。ここまで全く狂いのない作業をしている証拠だ。」
「建築家の要求がめちゃくちゃだけど、それをやってのける職人がすごすぎる。」
「これは、伊東豊雄というカリスマ建築家のドはずれた要求を、スーパーゼネコンが会社の威信をかけて、最高の職人を集めて受けて立ったから実現したものです。」
「ふーん。だから、迫力を感じるのか。」恵美ちゃんがため息をもらす。「でもこの形はどこからきたんでしょうか?」
「伊東さんは、この道の街路樹のケヤキの形からとったと説明しているよ。」
「たしか、近代建築は幾何学的な形を追求していたはずですが、ここには垂直線や水平線がありません。」
「そうだね、伊東さんがやりたかったのは、近代建築の水平線、垂直線を取り払うことだったと思うよ。」
「じゃあ、これも近代建築に対する挑戦なんですか」
「その通り、近代建築の幾何学に対する挑戦といっていいでしょう。」
「なんだか、人を引きつける強い力があると思います。」
「そうだね。みごとに成功している。コンクリートとガラスの可能性を広げたとも言えますね。」
「ここは同潤会のアパートの立て替えです。何年も前から噂にはなっていたんですが、地権者も多く、条件が非常に複雑で、なかなか実現しなかったのです。そこへ森ビルと豪腕の建築家安藤忠雄が入ってついに実現したものです。」
「説得力のある強力なコンセプトで他の雑多な要求を押さえ込んだというわけだ。」
「外観は拍子抜けするくらいあっさりしているのに、中にこんな大きなショッピング街ができているなんて、信じられないです。内部はさすがですね。おどろきました。」
「地上は低く抑えて快適な居住空間を確保する。そのかわり地下を深く掘り下げて、大量の商業空間を作り出し、しかも、螺旋状の回遊路で全館を結び、大量のショップに死角を出さない。さらに、これだけ困難な条件をクリアしながら、建築的にも説得力ある解答をだした。だれも文句の言いようがないというわけです。」宮武先生の見事な説明に、建築家の東郷さんはやや不満げだ。
「たしかに文句はないんだけど、道路との接し方にもう一工夫ほしかったなあ。槙さんは代官山で、道路と建築のじつに親密な関係を丁寧に工夫しているよね。あれに比べると、路面店の構成があまりにも貧弱だ。せっかくの美しいケヤキ並木が生きていないんだよな。ブランドショップが入るのはしょうがないけど、2〜3軒コーヒーショップを作ってくれれば、原宿のシャンゼリゼが出現したはずなんだがなあ。」
「あら、それは残念だわ。いまからでも作ってほしいわ。」