香川県立丸亀武道館を見る

香川県立丸亀武道館
香川県立丸亀武道館 設計:大江宏 1973(昭和48)年

隣接する丸亀高校からみた武道館

瓦屋根が幾重にも重なるもっとも印象的な正面のアングル。

中心線がまっすぐに通っている建築は、大江宏の設計では極めてめずらしい。

ざっくりとした割石の石畳が印象的だ。

視線は中心の弓道場の的に向かう、極めて求心的なアプローチ。

幾何学的な直線に気まぐれな割石を宛てたこの造型が最大の見せ場になっている。

玄関ホールは思ったより拡散的な空間になっている。

鉄筋コンクリートの骨組みの中に木造の造作をはめ込んだ形になっている。

そのため、木材が空間の大きさに比して細く、構造の力強さが感じられない。

玄関ホールを抜けるとまず、弓道場だ。鉄筋コンクリートの構造を隠すように細い木材が装飾的に使われている。

弓道場の芝生の左側に鉄筋コンクリートの柔道場・剣道場の2階建てがある。

細い柱が長く延びて2階の庇を支えているのが印象的。

力強さよりも、繊細さが強調されている。

林立する柱の細さが強調されている。

弓道場のほうは、あくまでも木造のような表現になっている。

2階剣道場前のベランダ。鉄筋コンクリートと木造の微妙な絡み合い。

1階、柔道場。

2階、剣道場。

弓道場の大きな瓦屋根。

柱・梁の接する端部。

2階から見下ろす玄関ホール。

鉄筋コンクリート構造の近代建築でありながら、ここまで和風に徹した建築は、大江宏でも珍しい。

柔道・剣道・弓道のための武道館の様式として和風は当然とも言えるが、近代建築の建築家がここまで和風をやるのは珍しい。しかし、ここまで徹底すると、違和感なく清々しくて気持ちがいい。

この施設を利用する人々も、このアプローチを歩くうちに気持ちが引き締まってくるのではないだろうか。

 

大江宏はモダンの時代の建築家でありながら、生涯を通じて近代建築と平行して和風建築を造り続けた。それでもこれほどの規模で和風に徹した作品は少ない。

 

この武道館は、当初丸亀高校の武道館として高等学校に隣接して造られた。大江宏は当時の香川県知事金子正則から丸亀高校の全面的な建て替えを依頼され、校舎、体育館とともにこの武道館もできたのだった。校舎はすでに立て替えられ、体育館も近日中に建て替えの予定だが、この武道館だけは県立の武道館として健在だ。

 

1964年の東京オリンピックに際して、国立の武道館を造ることになり、コンペが行われた。大江宏も参加したが、じつは最初から山田守に決まっていたイツワリのコンペだったのはよく知られている。しかも、山田守が法隆寺の夢殿をそのまま拡大したようなものを造ったので、かなり問題になった。1960年代には、和風をそのまま使うのはまだタブーだったのだ。丸亀武道館ができた1970年代になると、モダニズムの呪縛が薄れ、和風に違和感を感じる人もいなくなった。そんな時代の作品だ。

大江宏はこの作品で毎日芸術賞と日本芸術院賞を受賞している。

 

案内する人

 

宮武先生

(江武大学建築学科の教授、建築史専攻)

 「私が近代建築の筋道を解説します。」

 

東郷さん

(建築家、宮武先生と同級生。)

「私が建築家たちの本音を教えましょう。」

 

恵美ちゃん

(江武大学の文学部の学生。)

「私が日頃抱いている疑問を建築の専門家にぶつけて近代建築の真相に迫ります。」

 

■写真使用可。ただし出典「近代建築の楽しみ」明記のこと。

 

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