2013年

11月

22日

ショッピング・モールに変身した闘牛場

アリナス・バスセロナ 設計:リチャード・ロジャース、1911年
アリナス・バスセロナ 設計:リチャード・ロジャース、1911年

屋上に円盤が乗った丸い不思議な建築、これはいったい何だ。

じつは闘牛場を作り替えてショッピングモールとして再生したものだった。

円盤の横にとりついた不思議なエレベーターと、赤い針のようなシンボルタワーを別々に建て、つないでいるような離しているような、微妙な関係。円盤の上には人の姿も。

この建築は1900年につくられ、1977年まで闘牛場として使われていたらしい。しかし、闘牛はすたれ、廃墟になっていた。しかし、ここは非常によい場所であり、なんとか再利用ということで、改造が計画されたらしい。

何よりもイスラム調のアーチの窓が目を引く。

エレベーターで登ってみる。一気に屋上の円盤まで到達する。

あくまでも、軽快なデザインだ。

円盤は一周できる展望台になっていた。円盤の内側にはいろんなレストランがいっぱい。

レストランの屋根を支える構造。

この辺は、いかにもハイテク・デザイン。

設計を担当したリチャード・ロジャースはイタリア生まれのイギリス人建築家。パリのポンピドゥ・センターの設計で知られるハイテク・デザインの第一人者。

構造を思いっきりオーバーに表現したデザインだ。

屋上は思った以上に広々としていた。

屋上の展望台から見下ろす。

正面に見えるのがモンジュイックの丘。万博とオリンピックが行われたところだ。二本の塔はモンジュイックへのゲートになっている。

バルセロナ万博は1929年、オリンピックは1992年。

万博はミース・ファン・デル・ローエのドイツ・パビリオンで有名だし、オリンピックは磯崎新による屋内競技場サン・ジョルディが思い出される。

すると、この場所はそのモンジュイックへのゲートの位置に建っていることになる。

ここにあった闘牛場をショッピング・モールにして展望台をそなえた観光名所にしたというわけだ。

内部には、ショッピング、レストラン、映画館、博物館などがあり一大レジャー・センターになっている。観光客だけでなく、市民も大勢集まって楽しんでいるようだ。

内部のデザインはあくまでも闘牛場の円形をいかした、丸い空間を基本にしている。

黄色い腕が伸びて床を支えている。構造的な部材が派手な黄色に塗られて空間を支配している。

細い金属の棒で支えられた繊細なブリッジが横切っている。

エスカレーターが真ん中を突き抜けて登ってゆく。

闘牛場というものは大きなものなんですねえ。

まるで秘密の宇宙基地のようだ。

黄色い柱の足元。ここも見せる構造。

普通の建築では構造は控えめに目立たないように作る。ところが、ロジャースは構造とか設備など普段かくれている部材を思い切り目立たせる。それこそ近代建築の主要な要素だと考えているようだ。

そのため、そこにデザインの努力も集中する。

外側にも、見える構造デザインだ。構造の要素をデザインの主要な部分としている。

近代建築は装飾を否定したところから出発した。建築に不可欠な要素ではなく、あとから付け加えたような装飾を否定したのであった。

その代わりに構造と設備が重要な、建築に不可欠の要素として登場する。

ロジャースはこの構造と設備をデザインの要素として取り上げ、強調する。この建築では闘牛場の外壁が残されたが、それも大地から切り離され、鉄とコンクリートの新しい構造の上に載せられている。

スペインを象徴するかのような、イスラム的なアーチと現代のハイテク・デザインの対比。闘牛場のデザインを活かしながら、それに合わせるのではなく、対照的なデザインによって引き立てたもの。

不要になった建築を取り壊すのではなく、用途を変更して、新しい建築にリフォームすることを「コンバージョン」と呼んでいる。

これが以前の姿だというが、出来たのが1900年というから、バルセロナも一昔前はこんなに田舎だったんですねえ。驚くべき変貌というしかない。

案内する人

 

宮武先生

(江武大学建築学科の教授、建築史専攻)

 「私が近代建築の筋道を解説します。」

 

東郷さん

(建築家、宮武先生と同級生。)

「私が建築家たちの本音を教えましょう。」

 

恵美ちゃん

(江武大学の文学部の学生。)

「私が日頃抱いている疑問を建築の専門家にぶつけて近代建築の真相に迫ります。」

 

■写真使用可。ただし出典「近代建築の楽しみ」明記のこと。